貧困は二度「発見」されました
貧困を科学的に明らかにした有名な調査が3つあります。
19世紀末の先駆者の2つの調査(ブースとラウントリー)と、20世紀後半に貧困を「再発見」した調査(エイベル=スミスとタウンゼント)です。
19世紀末、ブースとラウントリーは、それぞれロンドンとヨーク市で貧困調査を行い、貧困を初めて科学的に測定しました。この調査が明らかにした一番大切なことは、貧困率の数字そのものよりも、貧困の原因が個人の怠惰や浪費ではなく、雇用や賃金といった社会経済的な要因にあるということでした。
それから半世紀以上経ち、戦後イギリスで福祉国家が整備され「もう貧困は解決した」と思われていた1960年代、エイベル=スミスとタウンゼントは、実は貧困が形を変えて存在し続けていることを再び実証しました。これが「貧困の再発見」です。
あわせて覚えると、貧困観の変遷が線でつながります。
ブースとラウントリー|貧困を測る
ブースは1886年からロンドンで調査を行い、「貧困線」の概念を導入しました。ロンドン市民の約3割が貧困線以下であることを示し、その原因が個人の問題ではなく雇用や環境にあると結論づけています。街を経済階層で色分けした「貧困地図」も作成しました。
ラウントリーはヨーク市で調査を行い、マーケットバスケット方式を用いました。必要な品目を1つずつ積み上げて最低生活費を算出する方法です。そのうえで、貧困を第一次貧困と第二次貧困に分けました。
2人に共通するのは、貧困の原因が個人の怠惰ではないと実証した点です。この認識が、後の福祉国家の形成につながっていきます。
→ブースとラウントリーの貧困調査|貧困線と第一次貧困・第二次貧困
エイベル=スミスとタウンゼント|貧困の再発見
戦後、ベヴァリッジ報告に基づいて社会保障制度が整備されました。貧困はもう昔の問題だと思われていた1960年代、2人は共著『貧困者と極貧者』(1965年)を発表します。
1953年から54年にかけての時期と1960年を比べると、イギリスの貧困世帯・極貧世帯はむしろ増加していました。制度が整ったはずの福祉国家で、貧困が減っていない。この結果が社会に衝撃を与え、「貧困の再発見」と呼ばれることになります。
その後タウンゼントは、貧困を測る新しい考え方として「相対的剥奪」を提唱しました。所得の数字だけでなく、その社会で標準的とされる生活にどれだけ参加できているかから貧困を捉える見方です。
→貧困の再発見(エイベル=スミス・タウンゼント)|相対的剥奪と相対的貧困率の違い
なぜ二度発見されたのか
1回目の発見は、貧困が個人の責任ではないことを示しました。だから社会の側が対応すべきだという道筋がつき、制度がつくられていきます。
→ブースとラウントリーの貧困調査|貧困線と第一次貧困・第二次貧困
2回目の発見は、その制度が整った後に起きています。制度をつくれば貧困はなくなるはずでした。ところが、なくなっていなかった。
ここで貧困の捉え方そのものが変わります。生きていけるかどうかという絶対的な水準で測るのではなく、その社会の中で標準的な暮らしができているかという相対的な見方へ移りました。タウンゼントの相対的剥奪は、その転換を示す考え方です。
あわせて確認しましょう
原理と政策で出題される人名は、こちらの記事でほぼ網羅しています。
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