どうしても勉強がはかどらない日、過去問を開く気持ちになれない時がありますよね。そういう日、「今日はやめた」と1日休むのもいいのですが、私はそういう時こそ、あることに絞って勉強することをおすすめしたいです。
「休む」と決めて何もしない日を作ると、どうしてもペースにムラができてしまいます。疲れている日や、過去問にじっくり取り組む気持ちになれない日は、せめてこれだけしませんか。10分ですみますから。
10分だけ頑張りましょう
今日は「社会福祉の原理と政策」で頻出の、正義とは何かを巡る3人の系譜です。ベンサムの功利主義から、それへの批判としてロールズの正義論が生まれ、さらにロールズへの批判としてセンのケイパビリティアプローチが生まれた、という流れで覚えると、3人がつながって頭に入ります。
まず、大きな流れを確認します。
18〜19世紀、ベンサムは「最大多数の最大幸福」を掲げる功利主義を唱えました。社会全体の幸福の総量を最大化することが正義である、という考え方です。しかしこの考え方には、「一部の少数者を犠牲にしてでも、全体の幸福の総量が増えるなら正しい」という結論を導きかねない弱点がありました。
20世紀後半、この功利主義への批判として登場したのが、ロールズの「正義論」です。そしてロールズの正義論をさらに批判・発展させたのが、センの「ケイパビリティアプローチ」です。
今日、覚えてほしいのが以下の3人です。
ベンサム|最大多数の最大幸福
ベンサムは、「最大多数の最大幸福」というフレーズで知られる、功利主義の創始者です。快楽と苦痛こそが人間の行動の基礎であるとし、ある行為が正しいかどうかは、それがもたらす快楽・幸福の総量によって決まると考えました。
この考え方は、累進課税や社会福祉など、今日の多くの社会制度の背景にある発想でもあります。一方で、「社会全体の幸福が増えるなら、少数者の犠牲は正当化されるのか」という根本的な批判が、後の思想家たちから向けられることになります。
*ベンサムそのものの人名が頻出というより、ベンサムの考え方とロールズの考え方の「違い」に着目した問題が出題されています
無知のヴェールと格差原理
ロールズは、著書『正義論』(1971年)で、ベンサム流の功利主義を批判し、新しい正義の考え方を示しました。
ロールズが用いた思考実験が「無知のヴェール」です。自分が社会の中でどんな地位・能力・境遇に生まれるか、一切分からない(ヴェールに覆われた)という原初状態を想定したとき、人はどんな社会のルールに合意するか、と考えます。
自分が最も恵まれない立場になるかもしれないと想像すれば、人は最も不遇な人の境遇が最大限改善されるような社会を選ぶはずだ、とロールズは考えました。これが「格差原理」です。社会的・経済的な不平等が許されるのは、それが最も不利な立場にある人の便益を最大化する場合に限る、という考え方です。
功利主義が「全体の総量」を重視したのに対し、ロールズは「最も不利な立場の人にとってどうか」という視点を正義の中心に据えた、という違いを押さえておいてください。
セン|ケイパビリティ(潜在能力)アプローチ
アマルティア・センは、ロールズの正義論をさらに発展させ、「ケイパビリティ(潜在能力)アプローチ」を提唱しました。
センは、人がどれだけ所得や財を持っているかだけでなく、その人が実際に「何ができるか」「どんな生き方を選べるか」という選択の幅(潜在能力)こそが重要だと考えました。同じ額のお金や同じ財を持っていても、障害の有無や社会的な環境によって、実際にできることの幅は人それぞれ違います。この「できることの幅」に着目した点が、センの理論の核心です。
福祉政策を考えるとき、「何を分配したか」だけでなく「その人が実際に何をできるようになったか」を見るべきだという視点は、現代の社会福祉の考え方にも大きな影響を与えています。
今日のまとめ
疲れている日は、この3名だけ覚えましょう。また明日、頑張りましょう。
この記事は「頻出!合格のために必ず覚えておきたい人名シリーズ」の一つです。
他の回はこちらから→人名シリーズ一覧
お疲れ様でした。

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