救貧法が廃止されるまで
ベヴァリッジ報告(1942年)のあと、イギリスではさまざまな問題意識にもとづいて多くの報告書が作成され、その内容にそって法律が作られたり改正されたりしました。シーボーム、エイブス、ウルフェンデン、バークレイ、グリフィス報告等がその代表例です。名前と年だけを覚えようとすると混同しますので、どのような問題意識から作られた報告書ということを意識しながら、順番に並べていきます。
まずはエリザベス救貧法からの流れを確認
1601年のエリザベス救貧法にはじまり、新救貧法の劣等処遇、慈善組織協会(COS)、セツルメント運動、ブースとラウントリーの貧困調査、そしてベヴァリッジ報告と続いてきました。このベヴァリッジ報告を受けて、イギリスは次のような法律を作ります。
・1946年に国民保健サービス法が制定されました。
・1948年に国民保健サービス(NHS)が始まりました。
・1948年に国民扶助法が制定され、救貧法が廃止されました。
1601年のエリザベス救貧法から1948年まで、347年です。貧しいのはその人が怠けているからだという思い込みから始まった仕組みが、生活を支えるのは国の責任だという考え方に置き換わるまでに、これだけの年月がかかりました。ここから先が、5つの報告書の話です。
流れを復習したい方はは、こちらからどうぞ。



シーボーム報告(1968年)
上記の通り、法律が整い、制度は次々に充実してきましたが、住民はいざ使おうとするときの、あることに困っていました。それは、地方自治体の窓口が分野ごとに分かれていて、高齢者の相談、子どもの相談、障害のある人の相談をが一か所で片付かず、いわゆる「たらい回し」のような状態になっていたからです。
そこで、1968年のシーボーム報告は、分かれている部門を統合してひとつにまとめることを勧告しました。この勧告を受けて、1970年に地方自治体社会サービス法が制定されます。この法律は、すべての自治体に社会サービス部という統合された部局が設置されることを目指しました。分野ごとに分かれていた窓口が、ひとつの部門にまとまりました。
エイブス報告(1969年)
シーボーム報告の翌年、1969年にエイブス報告が出ました。この報告書で着目していたのは「ボランティアのあり方」です。
エイブス報告は、ボランティアの役割は専門職の手伝いをすることではなく、専門職にはできない新しい社会サービスを開発することにあるとしました。ボランティアを専門職の下請けとして位置づけるのではない、という内容です。
ウルフェンデン報告(1978年)
1973年のオイルショックで、イギリスの財政も苦しくなりました。国民の生活のベースとなる福祉サービスは国がすべて責任をもって直接実施するという前提が揺らぎ、誰がサービスを担うのかを考えなければならなくなります。これまでどおりの公的部門でもなく、組織化されていないインフォーマルな支え合いでもない担い手として注目されたのが、ボランタリー組織でした。
1978年のウルフェンデン報告は、福祉を供給する部門を4つに分類しました。インフォーマル部門、ボランタリー部門、法定部門、民間営利部門です。そのうえで、ボランタリー組織が、硬直的になりやすい法定部門と、組織化されていないインフォーマル部門との間で、補完的、先駆的、仲介的な役割を果たしていくべきだと提言しました。
・ボランタリー部門 非営利で運営されている民間の組織です。社会福祉法人、NPO法人、社会福祉協議会などが入ります。
・法定部門(公定部門) 中央政府と地方自治体です。法律で義務づけられた事務を行い、直営の施設を運営することもあります。
・民間営利部門 株式会社などです。
・インフォーマル部門 家族、親族、友人、近隣の人たちです。組織になっていない支え合いを指します。
地方自治体の役割についても述べています。地方自治体が自らサービスを供給することよりも、ボランタリー組織への財政的な援助や、組織どうしの調整を行うことを重視しました。
ここから、福祉の担い手はひとつではないという福祉多元主義(ウェルフェア・プルーラリズム)の考え方が広がっていきます。福祉を支えるのは公的な部門だけではなく、民間営利部門、ボランタリー部門、インフォーマル部門を含めた複数の部門であるという考え方です。
バークレイ報告(1982年)
1982年のバークレイ報告は、コミュニティソーシャルワークを提唱しました。
目の前の人の困りごとは、そう都合よく分野ごとに分かれてはくれません。個人の相談に乗っていたら家族の問題が出てきて、たどっていくと地域の環境そのものが原因だとわかるということは、現場では当たり前に起きています。そこでバークレイ報告が示したのが、その人の話を聴くカウンセリングと、その人を支える体制を組み立てる社会的ケア計画とを、地域を基盤にして一体で行うという方法でした。
社会的ケア計画は、家族、近隣、ボランティアといったインフォーマルな支え合いと、公的なサービスを組み合わせて、その人の暮らしが回るように設計していくものです。これまでは、相談を受ける人と、地域の資源をつなぐ人が別々でした。その両方を同じワーカーが行うところが新しい点です。ケースワーク、グループワーク、コミュニティワークを統合した実践と表現されることもあります。
グリフィス報告(1988年)
1988年のグリフィス報告をまとめたグリフィスは、福祉の専門家ではありません。大手のスーパーマーケットチェーンを率いた経営者で、サッチャー首相と近い人物です。当時のサッチャー政権は、小さな政府、民営化、市場原理の導入を掲げていました。福祉の今後のあり方を経営者に検討させたのですから、効率を重視した内容になります。
コミュニティケアを進めようとしても、財政の面でも運用の面でもうまくいっていませんでした。グリフィス報告が示したのは、次の3点です。
・中央政府が目標と優先順位を決め、財政上の責任を負います。
・地方自治体の社会サービス部が中心となって、一人ひとりのニーズに応じたケア・パッケージを組みます。
・ケアを提供するのは公的な部門だけでなく、民間営利部門やインフォーマル部門も含めた多様な担い手とします。
ウルフェンデン報告が示した福祉多元主義が、ここで具体的な仕組みになりました。この報告を受けて、1990年に国民保健サービス及びコミュニティケア法が制定されます。
5つの報告書の整理
ここまでの5つを一覧にします。
シーボーム報告とグリフィス報告は、そのあとの法律に直接つながっています。この2つを軸にすると、頭の中が整理しやすくなります。
なぜその報告書が出たのか
報告書も法律も、朝起きて「さ、今日は報告書でも作ろうかな」というノリで生まれるものではありません。困っていることや、変えなければならないことが意識されて、それに答える形で次の報告書が出てきます。
・窓口が縦割りで使いにくかったので、部門を統合しました。シーボーム報告です。
・ボランティアの専門性が低く見られていたので、その役割を示し直しました。エイブス報告です。
・オイルショックで財源が苦しくなり、誰が福祉を担うのかを考える必要が出てきました。ウルフェンデン報告です。
・いろいろな人がサービスを担うことになったので、ばらばらだった支援の方法をひとつにまとめました。バークレイ報告です。
・財政難のなかで、小さな政府という方針に合う仕組みとお金の流れを整えました。グリフィス報告です。
日本の歴史にも、困りごとに対応するために制度を作ったという流れがあります。それを覚えることでスラスラ解けるようになる問題がたくさんありますが、それはまた次の機会に。流れをつかんだら、最後は必ず、名前と年をセットで確認しておいてくださいね。
過去問を解いてみましょう
第29回問題33
イギリスの各種の報告書における地域福祉に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 シーボーム報告(1968年)は、社会サービスにおけるボランティアの役割は、専門家にできない新しい社会サービスを開発することにあることを強調した。
2 エイブス報告(1969年)は、地方自治体がソーシャルワークに関連した部門を統合すべきであることを勧告した。
3 ウォルフェンデン報告(1978年)は、地方自治体の役割について、サービス供給を重視した。
4 バークレイ報告(1982年)は、コミュニティを基盤としたカウンセリングと社会的ケア計画を統合した実践であるコミュニティソーシャルワークを提唱した。
5 グリフィス報告(1988年)は、コミュニティケアの基礎となるナショナル・ミニマムの概念を提唱した。
解説
1 × ボランティアの役割について述べたのはエイブス報告です。シーボーム報告は、分野ごとに分かれていた部門を統合することを勧告しました。
2 × 部門の統合を勧告したのはシーボーム報告です。エイブス報告は、ボランティアの役割について述べました。1と2が入れ替わっています。
3 × ウルフェンデン報告は、地方自治体が自らサービスを供給することよりも、ボランタリー組織への財政的な援助や、組織どうしの調整を行うことを重視しました。
4 ○ バークレイ報告は、カウンセリングと社会的ケア計画を地域を基盤にして一体で行うコミュニティソーシャルワークを提唱しました。
5 × ナショナル・ミニマムを提唱したのはウェッブ夫妻です。グリフィス報告は、地方自治体の社会サービス部が中心となってケア・パッケージを組む仕組みを示しました。
正答 4
第35回問題27
福祉のニーズとその充足に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
(注)「ウルフェンデン報告」とは、1978年にイギリスのウルフェンデン委員会が発表した報告書「The Future of Voluntary Organisations」のことである。
1 ジャッジ(Judge, K.)は、福祉ニーズを充足する資源が不足する場合に、市場メカニズムを活用して両者の調整を行うことを割当(ラショニング)と呼んだ。
2 「ウルフェンデン報告(Wolfenden Report)」は、福祉ニーズを充足する部門を、インフォーマル、ボランタリー、法定(公定)の三つに分類した。
3 三浦文夫は、日本における社会福祉の発展の中で、非貨幣的ニーズが貨幣的ニーズと並んで、あるいはそれに代わって、社会福祉の主要な課題になると述べた。
4 ブラッドショー(Bradshaw, J.)は、サービスの必要性を個人が自覚したニーズの類型として、「規範的ニード」を挙げた。
5 フレイザー(Fraser, N.)は、ニーズの中身が、当事者によってではなく、専門職によって客観的に決定されている状況を、「必要解釈の政治」と呼んだ。
解説
1 × 割当(ラショニング)は、資源が不足しているときに、価格による市場の調整によらずに配分することをいいます。
2 × ウルフェンデン報告は、インフォーマル、ボランタリー、法定(公定)、民間営利の四つに分類しました。
3 ○ 三浦文夫は、金銭の給付で対応する貨幣的ニードから、サービスの提供で対応する非貨幣的ニードへと、社会福祉の課題が移っていくと述べました。
4 × 個人が自覚したニードは、ブラッドショーの分類では感得されたニード(フェルト・ニード)です。規範的ニードは、専門職や行政が基準に照らして判断するニードです。
5 × フレイザーの「必要解釈の政治」は、ニードの中身を誰の解釈で決めるのかをめぐる争いを指す言葉です。
正答 3


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