社会学頻出!ゲーム理論・社会的ジレンマ・囚人のジレンマ・コモンズの悲劇・フリーライダー・選択誘因を一気に解説

社会学と社会システム
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こんなに出題されると、やらないわけにはいきませんね・・・ゲーム理論まわりの概念。社会的ジレンマ、囚人のジレンマ、コモンズの悲劇、フリーライダー問題、一気に整理していきましょう

ゲーム理論とは

複数の選択肢を持つ二人以上のプレイヤーの選択が、互いに影響を及ぼし合う状況を分析する理論です。自分の得点が自分の選択だけで決まるのでなく、相手の選択によっても変わってしまう、という状況を数理的に扱います。

各プレイヤーが考えているのはあくまでも「自分の利益を最大化しようして合理的な行動を取る」という前提。「個々人は自分の利益の最大化しか考えていない」ということです。

社会的ジレンマとは

個人が自己の利益を追求して行動した結果、社会全体にとっては不利益な結果を招いてしまう現象です。

例えば雨が降らなくて水が枯渇しているとき、様々な事情で電力がひっ迫している時・・・できるだけみなで協力しながら、大切に使わなければならないはずなのに、「自分だけ我慢するのは損だ」と考えて水を好きなだけ使ったり、エアコンをフル稼働させたりすることは、一人ひとりの選択としては合理的です。

しかし地域全体でこれが重なると、電力需要が供給能力を超え、大規模停電を招く恐れがあります。

断水や停電になれば、当然自分の部屋の水も冷房も止まってしまいます。

「自分だけ得をしよう」とした結果、結局は自分自身を含めた全員が困る事態を招く。これが社会的ジレンマの構造です。人間あるあるですね。

囚人のジレンマとは

その中でも有名なのは囚人のジレンマ。

2人の共犯者が、それぞれ別室で取り調べを受けている状況を想定します。互いに黙秘を貫けば、双方とも軽い罪ですみます。しかし取調官はこう持ちかけます。「先に自白すれば、お前は釈放してやる。黙っていたら、お前だけ重い罪になるぞ」と。

相手が黙秘を続けると信じられるなら、自分も黙秘した方が良い結果になります。

しかし必ず私たちはこう思ってしまいます。

「相手が裏切って自白するかもしれない」

自分が自白しなかったら一人で思い罪を背負うことになる?それは嫌だ!

そして相手もそう考えるのです。

「相手が裏切って自白するかもしれない」

自分が自白しなかったら一人で思い罪を背負うことになる?それは嫌だ!

その結果、相手がどちらを選ぶにせよ、「自分は自白した方が得だ」という結論に至ります。

これは相手にとっても同じことです。

結果、双方が自白してしまいます。

どちらも黙秘していれば、2人とも軽い罪で済んでいたかもしれないのに・・・

それをを双方とも逃してしまう・・・

これが囚人のジレンマです。

このように「相手がどちらを選んでも、自分にとって有利な選択肢」のことを支配戦略と呼び、囚人のジレンマでは「裏切り(自白)」が支配戦略になります。

コモンズの悲劇とは

ハーディンが提唱した概念です。

ある村に、誰でも自由に家畜を放牧できる共有の牧草地があったとします。牧草地の広さには限りがありますが、羊を1頭増やしたくらいでは、そう大きな問題になりそうにありません。そのため、羊をふやすかどうかはそれぞれの村人の自由な判断に委ねられています。

ここで、ある村人がこう考えます。「自分が羊を1頭増やせば、その分だけ自分の収入が増える。牧草が多少減ったとしても、まあ大丈夫だろう」と。

他の村人も考えます。「自分が一頭増やしたくらいでは問題ないだろう」と。

この考え方は、すべての村人にとって等しく合理的です。だからこそ、村人たちは次々と羊を増やしていきます。

結果、牧草地は許容量を超えて食い荒らされ、やがて誰も家畜を養えないほど荒れ果ててしまいます。そして不問の地となり牧草地として機能しなくなる・・・

これがコモンズの悲劇です。

資源が有限だからこそ起こる現象で、個人の合理的な行動が全体の不利益に結びつく構造を持っています。これは囚人のジレンマと同じです。

コモンズの悲劇は、「利用量に関するルール」「共同資源の管理」の取り決めによって回避できるともされているため、「避けられない現象」というわけではありません。でも、今の社会でも起こりそうな現象であることは間違いありませんね。

フリーライダー問題とは

フリーライダー、まさにただ乗りです。

コストを負担せず、制度に便乗する者が現れる現象です。

例えば、あるマンションで「交代でごみステーションの掃除をしよう」という話が持ち上がったとします。そうすれば、ごみステーションはいつもきれいで快適に利用できます。一方、色々な理由をつけて清掃に参加しない人も、その清潔なごみステーションの恩恵を受けられます。

だとすれば、「自分は掃除には参加せずに、恩恵だけは受けたい」と考える人が出てきても不思議ではありません。この考え方が広がれば、ごみステーションの管理に不満と不公平感がうまれてしまいます。

これは、公共財が持つ非排除性(対価を払わない人を利用から締め出せない)と非競合性(誰かが利用しても、他の人が利用できる量が減らない)という性質から生じやすいと、オルソンが説明しています。

選択的誘因とは

そこで、このような問題を解決できる方法が「選択的誘因」です。

つまり、「参加した人だけに与えられる特別な利益」を用意するということです。

先ほどのごみステーションの例で言えば、清掃に参加した人だけが「〇〇の特典が受けられる」というような仕組みがこれにあたります。逆に、清掃をしなかった人には「清掃を欠席したら罰金を支払う」という罰則型のアプローチも、選択的誘因の一種です。報酬(正の誘因)と罰則(負の誘因)、どちらのタイプも含まれる点がポイントです。

誰もみな「個人の利益」を追求してしまいがち・・・

ゲーム理論という大きな枠組みの中に社会的ジレンマがあり、その代表例として囚人のジレンマとコモンズの悲劇があります。

そして、集団行動における社会的ジレンマの一種としてフリーライダー問題があり、その対策として選択的誘因がある、という構造です。

それぞれ独立した言葉に見えて、根っこにあるのは「個人の合理性と、全体の利益がズレてしまう」という同じ構造です。そして誰もが自身の行動に対し、同じようなことをしてしまったことがあると感じられる考え方でしょう。


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