どうしても勉強がはかどらない日、過去問を開く気持ちになれない時、疲れている日・・・そんなときはさくっと人名を覚える日にしましょう。10分で読み終わる「頻出人名シリーズ」です。
自己は、一人では作られない
今日取り上げる3人、ミード、ブルーマー、ゴッフマンには、共通するテーマがあります。
それは、「人は、他者とのやりとりの中で、自分というものを作っていく」という視点です。
一人で部屋にいても、「自分らしさ」「自分がどういう人間なのか」は、考えても考えてもわかりません。誰かと話して、誰かに見られて、誰かに反応して・・・その繰り返しの中で、初めて「自分」というものが立ち上がってくる。3人の理論は、そこを出発点にしています。
順番に見ていきましょう。
①ミード:主我(I)と客我(me)
ミードは、自己を2つの側面から捉えました。
- 主我(I):自発的で、衝動的な自分。「こうしたい」と思う側の自分
- 客我(me):他者から期待されている役割を、自分の中に取り込んで担おうとする、社会的な自分
この2つが生まれる土台には「役割取得」という考え方があります。役割取得とは、他者から期待されている役割を、自分の中に取り込んで担うことです。
たとえば、誰かに何か言われて「かっとなり言い返したくなる」瞬間。それが主我です。でも、その言葉を口に出す前に「いやいや、まて。冷静になろう。こんなこと言ったらきっと誤解されるし、人間関係にも影響があるはずだから」とブレーキがかかる。これが役割取得であり、客我です。
「講師らしく対応しなければ」「大人らしく冷静に振る舞わなければ」・・・こうした感覚は、誰かに直接言われたわけではなくても、私たちの中に自然と根付いています。それは、社会の中で「講師とはこうあるべき」「大人とはこうあるべき」と期待されている役割を、自分の中に取り込んで、その通りに振る舞おうとしているからです。これが客我(me)です。
一方で、そうした役割から外れて、衝動のまま「かっとなって言い返したくなる」自分もいる。それが主我(I)です。役割を取り込んで「〜らしく」あろうとする客我と、役割を飛び越えて湧き上がってくる主我・・・この2つのせめぎ合いの中で、私たちは日々、自分の振る舞いを決めています。
②ブルーマー:象徴的相互作用論
ブルーマーは、ミードの考え方を受け継いで、「象徴的相互作用論」という理論に発展させました。
私たちは、言葉や身振りといった「シンボル」を通して、他者とやりとりをしています。そのシンボル自体に意味があるわけではなく、やりとりを重ねる中で「これはこういう意味だ」という共通の認識が生まれ、それが更新され続けていくとブルーマ―は指摘しています。
「シンボル」というのは、意味を伝えるための道具のこと。その代表が「言葉」と「身振り(表情・しぐさ)」です。
例えば「ありがとう」という「音の並び」そのものには、本来何の意味もありません。でも、その言葉を使う人たちの間で「感謝を表す」という意味が共有されているから、伝わる。頷く、という身振りも同じで、それ自体に意味はないけど、「同意・理解」を示すものとして、みんなの間で意味が共有されている。
つまり、言葉や身振りは、それ自体に意味があるのではなく、人と人とのやりとり(相互作用)の中で、後から意味が与えられたもの、ということです。
この「意味」は、シンボルだけでなく、私たちが向き合うあらゆる物事・状況にも当てはまります。確かに「沈黙」をイメージしても「気まずい沈黙」もあれば、「心地よい沈黙」もありますよね。沈黙という現象自体は同じでも、その場にいる人たちがそこにどんな「意味」を与えるかによって、感じ方はまったく変わってきます。
ミードが示したのは、「人は、他者から期待されている役割を自分の中に取り込みながら、客我を形づくっていく」という視点でした。ブルーマーは、これを自己の話だけにとどめず、私たちが向き合う物事・対象に対して与える「意味」も、シンボルを通じたやりとりの中で生まれ、更新され続けていく、というところまで理論を広げました。
③ゴッフマン:スティグマ
最後はゴッフマンです。ゴッフマンは、社会的な相互作用の中で、ある人に貼られる「負の烙印」をスティグマと呼びました。
スティグマは、その人自身の性質というより、周囲がその人をどう見るか、という関係性の中で生まれるものです。同じ特徴を持っていても、ある場では気にされず、別の場では強い偏見の対象になる・・・スティグマが「その人固有のもの」ではなく「関係の中で作られるもの」だと言われる理由が、ここにあります。
役割を取り込み、意味を交わし、時にはそれが偏見にもなる・・・そう考えると、3人の理論が一本の線でつながって見えてきませんか。
私たちも、日々やっていること
考えてみると、これは特別なことではなく、私たちが毎日無意識にやっていることでもあります。
誰かと話した後に「今の言い方、大丈夫だったかな」と振り返る。それはまさに、役割取得を通して客我が主我にブレーキをかけている瞬間です。私も講義中、「講師らしくあらねば」と役割を取り込みながら話している自分と、思わず本音がぽろっと出そうになる自分と、両方が同時にいる気がします。
この記事は10分で読み終わる「頻出!必ず覚えておきたい人名シリーズ」の一つです。
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