社会福祉の原理と政策の一問一答(30問)|日本の歴史・イギリスの歴史・理論

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一問一答
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医療保険に関する問題10問

問1 恤救規則(1874年(明治7年))は、政府の救済義務を優先した。

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恤救規則は、まず人民相互の情誼、つまり近隣や親族の助け合いによる救済を求め、それによって救われない無告の窮民だけを対象としました。政府の救済義務を優先したものではありません。第30回問題24で出題。

問2 救護法(1929年(昭和4年))において、世界恐慌の影響から失業者が救済対象と明記された。

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救護法の対象は、65歳以上の高齢者、13歳以下の幼者、妊産婦、障害などにより働けない者です。労働能力のある失業者は対象外でした。第38回問題97、第27回問題25で出題。

問3 救護法(1929年(昭和4年))における救護施設には、孤児院、養老院が含まれる。

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救護法は、救護施設として養老院、孤児院、病院などを定めました。それまで民間が担ってきた施設が、法律に位置づけられました。第30回問題24で出題。

問4 旧生活保護法(1946年(昭和21年))において、素行不良な者は保護をなさないとする欠格条項は撤廃された。

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旧生活保護法には、勤労を怠る者や素行不良な者を保護しないという欠格条項がありました。これがなくなったのは1950年(昭和25年)の現行生活保護法です。第38回問題97、第27回問題25、第35回問題26で出題。

問5 1950年(昭和25年)に制定された生活保護法において、申請保護の原則が明記された。

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現行の生活保護法は、保護を国民の権利として位置づけ、申請保護の原則、不服申立ての制度などを定めました。第38回問題97で出題。

問6 大正期に、大阪府で方面委員制度が創設された。

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大阪府の方面委員制度は1918年(大正7年)に始まりました。第37回問題20で出題。

問7 方面委員制度は、岡山県で発足した済世顧問制度を始まりとし、後に方面委員令により全国的な制度として普及した。

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1917年(大正6年)の岡山県済世顧問制度が先で、翌年に大阪府の方面委員制度が続きます。1936年(昭和11年)の方面委員令によって全国の制度になり、戦後の民生委員制度につながります。第32回問題32、第30回問題31で出題。

問8 児童虐待防止法(1933年(昭和8年))は、母子保護法の制定を受けて制定された。

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児童虐待防止法が1933年(昭和8年)、母子保護法が1937年(昭和12年)ですので、順序が逆です。児童虐待の防止に関する最初の法律は、第二次世界大戦前につくられています。第30回問題24、第28回問題136で出題。

問9 老人福祉法(1963年(昭和38年))では、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホームを含む、老人福祉施設が規定された。

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老人福祉法により、それまで生活保護法の養老施設だったものが養護老人ホームとなり、特別養護老人ホームと軽費老人ホームが新たに設けられました。第36回問題127で出題。

問10 第二次世界大戦後間もなく、児童福祉法、身体障害者福祉法、老人福祉法が制定され、福祉三法の体制が確立した。

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福祉三法は、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法です。老人福祉法は1963年(昭和38年)の制定で、精神薄弱者福祉法、母子福祉法とあわせて福祉六法の体制になります。第37回問題29で出題。

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イギリスの歴史に関する問題10問

問1 エリザベス救貧法(1601年)により、全国を単一の教区とした救貧行政が実施された。

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エリザベス救貧法は、教区を単位として救貧を行うしくみです。全国を一つの単位にしたのではありません。第31回問題24で出題。

問2 スピーナムランド制度は、パンの価格と家族の大きさによる基準と賃金との差額を賃金補助した。

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1795年に始まった賃金補助のしくみです。最低賃金制度がない状態で不足分を補ったため、賃金を引き下げる圧力を生み、救貧税の負担も増やしました。第38回問題19で出題。

問3 新救貧法(1834年制定)は、劣等処遇の原則を否定した。

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新救貧法は劣等処遇の原則を採りました。救済を受ける者の生活水準を、自力で暮らす最下層の労働者の水準より低くするという考え方です。あわせて全国均一処遇と院内救済の原則を定めました。第28回問題24、第31回問題24で出題。

問4 ロンドンで設立された慈善組織協会(1869年)は、慈善活動を組織化するとともに友愛訪問を実施し、ソーシャルワークの形成に大きな影響を与えた。

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慈善団体の重複や漏れをなくすために設立され、友愛訪問による個別の調査と援助を行いました。この方法がケースワークの源流とされます。第27回問題33で出題。

問5 ロンドンの富裕地域に設立されたトインビーホール(1884年)は、セツルメントの拠点となった。

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トインビーホールが設立されたのはロンドンの貧困地域です。セツルメントは、知識人や学生が貧困地域に住み込んで住民とかかわる活動ですので、富裕地域では成り立ちません。第27回問題33で出題。

問6 ラウントリーは、最低生活費を基準として貧困を科学的に計測する方法を生み出した。

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ヨーク調査で、生活に必要な費用を積み上げて基準を設け、それを下回る状態を第一次貧困としました。貧困を主観ではなく数値でとらえる方法です。第29回問題25で出題。

問7 ラウントリーは、ロンドンで貧困調査を行い、貧困の主たる原因が飲酒や浪費のような個人的習慣にあると指摘した。

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ラウントリーが調査したのはヨークです。また、貧困の原因を低賃金など本人の努力では避けられない事情に求めました。ロンドンで調査を行ったのはブースです。第34回問題26で出題。

問8 国民保険法(1911年)は、健康保険と失業保険から成るものとして創設された。

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世界で最初の失業保険を含む制度です。日本の健康保険法(1922年)より前にできています。第31回問題24で出題。

問9 ベヴァリッジ報告は、「窮乏」に対する社会保障の手段として、公的扶助が最適であり、社会保険は不要であるとした。

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ベヴァリッジ報告は、社会保険を中心に据え、公的扶助はそれを補うものと位置づけました。窮乏、疾病、無知、不潔、無為の五つの巨悪を挙げたことでも知られます。第34回問題26で出題。

問10 イギリスにおいて「福祉国家」から「小さな政府」への転換を図った首相は、マーガレット・サッチャーである。

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1979年から1990年まで首相を務め、民営化や規制緩和を進めました。第37回問題19で出題。第34回問題26では、サッチャーの保守党政権が「第三の道」の政策を推進した、という記述が誤りとして出題されています。「第三の道」はブレアの労働党政権のものです。

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社会福祉の理論に関する問題10問

問1 エスピン-アンデルセンによれば、福祉国家は、社会的階層化のパターン形成に重要な役割を演じる。

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どのような給付をどの範囲に行うかによって、社会の階層のあり方が変わると論じました。第28回問題22で出題。

問2 エスピン-アンデルセンのいう脱商品化とは、労働者が労働能力を喪失することである。

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脱商品化とは、労働力を売らなくても生活を続けられる度合いのことです。労働能力を失うことではありません。第28回問題22で出題。

問3 ロールズは、社会で最も不遇な人の最大の便益となるように、資源配分の是正が行われるべきであると論じた。

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『正義論』の格差原理です。不平等が許されるのは、最も恵まれない人の利益になる場合だけであるとしました。第30回問題22、第28回問題23で出題。

問4 ケインズは、不況により失業が増加した場合に、公共事業により雇用を創出することを主張した。

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政府が支出を増やして需要をつくり出すという考え方です。戦後の福祉国家を支える理論となりました。第35回問題24で出題。

問5 アダム・スミスは、充実した福祉政策を行う「大きな政府」からなる国家を主張した。

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アダム・スミスは市場の働きを重視し、政府の役割を限定すべきだと考えました。第35回問題24で出題。

問6 「ウルフェンデン報告」は、福祉ニーズを充足する部門を、インフォーマル、ボランタリー、法定(公定)の三つに分類した。

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インフォーマル、ボランタリー、法定(公定)、商業の四つに分類しました。福祉多元主義の考え方を示したものです。第35回問題27で出題。

問7 三浦文夫は、非貨幣的ニーズが貨幣的ニーズと並んで、あるいはそれに代わって、社会福祉の主要な課題になると述べた。

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お金を給付すれば解決する課題から、介護や保育などサービスそのものを必要とする課題へ、社会福祉の中心が移ると論じました。第35回問題27で出題。

問8 ブラッドショーは、サービスの必要性を個人が自覚したニーズの類型として、「規範的ニード」を挙げた。

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個人が自覚したニードはフェルト・ニードです。規範的ニードは、専門職や行政が基準に照らして判断するニードを指します。第35回問題27で出題。

問9 平行棒理論とは、救済に値する貧民は救貧行政が扱い、救済に値しない貧民は民間慈善事業が扱うべきだとする考え方を指す。

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扱う側が逆です。平行棒理論では、救済に値する貧民を民間慈善事業が、値しない貧民を救貧行政が扱うものとし、両者が交わらずに並んで進むと考えます。第36回問題22で出題。

問10 準市場のもとでは、サービスの供給に当たり、競争や選択の要素を取り入れつつ、人々の購買力の違いによる不平等を緩和するための施策が講じられることがある。

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事業者を競わせて利用者が選べるようにしつつ、費用を公費や保険で賄うことで、所得の差が利用の差にならないようにするしくみです。介護保険がこれに当たります。第36回問題22で出題。

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