アダムスミスからサッチャー、ハイエクとフリードマン|自由主義と第三の道をわかりやすく解説

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社会福祉の原理と政策
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大きな政府と小さな政府

社会福祉の歴史を貫く一番大きな対立軸は、「大きな政府か、小さな政府か」です。国が人々の暮らしにどこまで関わるのかをめぐって、二百年以上にわたって議論が重ねられてきました。

自由主義は、国家の介入を最小限にとどめ、個人の自由と市場のはたらきを重視する考え方です。アダム・スミスがこの考え方を説き、ハイエクが福祉国家への批判として展開し、フリードマンが制度の設計を示し、サッチャーが現実の政治として実行しました。4人は生きた時代も立場も違いますが、政府の役割を小さくする考えは一致しています。

これに対して1990年代のイギリスで登場したのが「第三の道」です。ブレアは、サッチャーの新自由主義とも、それ以前の社会民主主義とも違う道を選びました。

この記事では、この5人を一人ずつ取り上げ、そのあとで実際に出題された過去問を3問読みます。

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アダム・スミス|自由放任主義の出発点

「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスは、著書『国富論』で、個人が自分の利益を追求すれば、「見えざる手」に導かれて社会全体の利益にもつながる、という考え方を示しました。

アダム・スミス(1723-1790) 出典:Wikimedia Commons(パブリック・ドメイン)
政府が市場に介入することを最小限にとどめるこの考え方を、自由放任主義(レッセフェール)といいます。のちの「小さな政府」路線は、ここから出発しています。

福祉の話をしているのに経済学者の名前が出てくるので戸惑う方も多いのですが、社会福祉の政策論は、この自由主義の考え方と、それに対する批判との間で組み立てられてきました。アダム・スミスは、その一方の端に立っている人物です。

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ハイエク|福祉国家は自由を脅かす

ハイエクは、政府が経済や社会保障に強く介入する「福祉国家」のあり方に対して、個人の自由を脅かすものであると警鐘を鳴らした経済学者です。

フリードリヒ・ハイエク(1899-1992) 撮影者不詳/Wikimedia CommonsCC BY-SA 3.0
国家がよかれと思って計画的に資源を配分すると、結果として個人が自分で選ぶ余地が失われ、全体主義に近づいていく、というのがハイエクの主張です。福祉は充実させればさせるほどよい、という見方とは反対の立場から論じました。

アダム・スミスが説いた自由放任主義を、20世紀の福祉国家に向けた批判として展開したのがハイエクです。次

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フリードマン|「負の所得税」は現金給付

フリードマンは、生活保護のような制度の代わりに「負の所得税」という仕組みを提案しました。一定の所得水準を下回る人に対して、政府が不足分の一定割合を現金で給付するという構想です。

ミルトン・フリードマン(1912-2006) 撮影:Bachrach Studios/出典:Wikimedia Commons

これは、一定の所得水準を下回る人に対して、不足分の一定割合を現金で給付するという構想です。

自由主義の立場なのに現金を給付するのか、と違和感を覚えるかもしれません。フリードマンの狙いは、社会保障の給付を手厚くすることではありません。行政が個別の制度をいくつも運営する状態をやめ、現金給付ひとつにまとめることで、行政が担う仕事そのものを小さくしようとした構想です。ハイエクは福祉国家そのものを批判しましたが、フリードマンは、政府が給付を行うこと自体は認めたうえで、その方法を最も簡単な形にすることを主張しました。批判の仕方は違いますが、政府が担う仕事を小さくすべきだという点は共通しています。

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サッチャー|新自由主義の実践者

サッチャーは、イギリスの首相として、国有企業の民営化や社会保障の見直しを進めた人物です。1979年、長く続いた経済の停滞(「英国病」と呼ばれました)と財政の悪化を背景に首相になりました。政府が福祉を手厚くする財源を持てなかったことも、小さな政府の路線を後押ししたと説明されます。

マーガレット・サッチャー(1925-2013) 出典:Wikimedia Commons
「小さな政府」路線を、思想ではなく現実の政治として実行に移した象徴的存在として覚えておきましょう。

ブレア|サッチャーへの対抗軸「第三の道」

ブレアは、サッチャーの新自由主義(小さな政府・自己責任)とも、それ以前の社会民主主義(大きな政府・手厚い給付)とも違う「第三の道」を掲げたイギリスの首相です。1997年に労働党の首相になりました。

GWB: NATO summit. Lord Robinson bilat. Opening of summit. NATO.
トニー・ブレア(1953-) 出典:Wikimedia Commons(パブリック・ドメイン)

市場の効率性は認めたうえで、教育や雇用のように人々が働ける状態をつくる分野には公的な投資を行う、という立場です。給付を増やすのでも減らすのでもなく、給付の中身を変えたところに特徴があります。

この「第三の道」を理論として組み立てたのが、ブレアの助言役だった社会学者のギデンズです。ギデンズは、給付を受け取るだけの福祉ではなく、人が働き学べるようにする福祉を「ポジティブ・ウェルフェア」と呼びました。

アンソニー・ギデンズ(1938-) 撮影:Szusi/CC BY-SA 3.0

過去問を解きましょう

第35回問題24

福祉政策に関する次の記述のうち,最も適切なものを 1 つ選びなさい。

1 アダム・スミス(Smith, A.)は,充実した福祉政策を行う「大きな政府」からなる国家を主張した。
2 マルサス(Malthus, T.)は,欠乏・疾病・無知・不潔・無為の「五つの巨悪(巨人)」を克服するために,包括的な社会保障制度の整備を主張した。
3 ケインズ(Keynes, J.)は,不況により失業が増加した場合に,公共事業により雇用を創出することを主張した。
4 フリードマン(Friedman, M.)は,福祉国家による市場への介入を通して人々の自由が実現されると主張した。
5 ロールズ(Rawls, J.)は,国家の役割を外交や国防等に限定し,困窮者の救済を慈善事業に委ねることを主張した。

解説

正解は3です。

1 × アダム・スミスは自由放任主義を説き、政府が市場に介入することを最小限にとどめるべきだと主張しました。
2 × 「五つの巨悪」を指摘したのはベヴァリッジです。マルサスは『人口論』を著しました。
3 ○ ケインズは、不況で失業が増えたときに、政府が公共事業を行って雇用を作ることを主張しました。
4 × フリードマンは、福祉国家が市場に介入することが人々の自由を損なうと考えました。
5 × 国家の役割を外交や国防等に限定する考え方は、自由主義のものです。ロールズは『正義論』で格差原理を示しました。

第37回問題19

次の人物のうち,英国において「福祉国家」から「小さな政府」への転換を図った首相として,最も適切なものを 1 つ選びなさい。

1 ウィンストン・チャーチル(Churchill, W.)
2 クレメント・アトリー(Attlee, C.)
3 マーガレット・サッチャー(Thatcher, M.)
4 トニー・ブレア(Blair, T.)
5 ゴードン・ブラウン(Brown, G.)

解説

正解は3です。

1 × チャーチルは保守党の首相で、第二次世界大戦期に政権を担いました。
2 × アトリーは労働党の首相で、1945年からベヴァリッジ報告に基づいて社会保障制度を整備しました。
3 ○ サッチャーは1979年に保守党の首相になり、国有企業の民営化と社会保障の見直しを進めました。
4 × ブレアは労働党の首相で、1997年から第三の道を掲げました。
5 × ブラウンは労働党の首相で、ブレアの後任として2007年に就任しました。

第34回問題26

イギリスにおける貧困に関する次の記述のうち,正しいものを 1 つ選びなさい。

1 ラウントリー(Rowntree, B.)は,ロンドンで貧困調査を行い,貧困の主たる原因が飲酒や浪費のような個人的習慣にあると指摘した。
2 ベヴァリッジ(Beveridge, W.)による『社会保険および関連サービス』(「ベヴァリッジ報告」)は,「窮乏」(want)に対する社会保障の手段として,公的扶助(国民扶助)が最適であり,社会保険は不要であるとした。
3 エイベル-スミス(Abel-Smith, B.)とタウンゼント(Townsend, P.)は,イギリスの貧困世帯が増加していることを 1960 年代に指摘し,それが貧困の再発見の契機となった。
4 タウンゼント(Townsend, P.)は,等価可処分所得の中央値の 50 %を下回る所得しか得ていない者を相対的剥奪の状態にある者とし,イギリスに多数存在すると指摘した。
5 サッチャー(Thatcher, M.)が率いた保守党政権は,貧困や社会的排除への対策として,従来の社会民主主義とも新自由主義とも異なる「第三の道」の考え方に立つ政策を推進した。

解説

正解は3です。

1 × ロンドンで貧困調査を行ったのはブースです。ラウントリーはヨーク市で調査を行い、貧困の原因が低賃金にあることを示しました。
2 × ベヴァリッジ報告は、窮乏に対する主たる手段を社会保険とし、公的扶助はそれを補うものと位置づけました。
3 ○ エイベル-スミスとタウンゼントは、豊かになったはずのイギリスで貧困世帯が増えていることを示しました。これを貧困の再発見といいます。
4 × 中央値の50%という基準は相対的貧困率のものです。タウンゼントの相対的剥奪は、その社会で普通とされる生活や活動ができない状態を指標で測るものです。
5 × 「第三の道」を掲げたのは、ブレアが率いた労働党政権です。サッチャーが率いた保守党政権は新自由主義の立場に立ちました。

原理と政策で出題される人名はこちらの記事でほぼ網羅しています。
mapをご確認ください。

社会政策・福祉国家論の思想家に関する記事マップ
「原理と政策」で問われる思想家をテーマ別に整理。福祉国家のタイプ分け、小さな政府への転換、正義論、イギリス社会保障の設計者、貧困研究者まで一覧できます。

必ず覚えておきた人名はこちらからご覧ください。

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