平行棒理論と繰り出し梯子理論
平行棒理論と繰り出し梯子理論は、公的な救済と民間の慈善事業がどのような関係に立つべきかをめぐる、19世紀末から20世紀初頭のイギリスの議論です。
当時のイギリスには、1834年の新救貧法に基づく公的な救済と、1869年に設立された慈善組織協会(COS)を中心とする民間の慈善事業が並んで存在していました。同じ貧困者が両方から給付を受けることがある一方で、どちらからも救済されない貧困者もいました。公的な救済と民間の慈善事業が、それぞれ誰を対象とし、どのような関係に立つのかが問われました。
1905年に設置された王立救貧法委員会は、1909年に二つの報告書を出しました。慈善組織協会の関係者が中心となった多数派報告と、フェビアン協会のウェッブ夫妻が中心となった少数派報告です。平行棒理論は多数派報告の側の、繰り出し梯子理論は少数派報告の側の考え方にあたります。
平行棒理論
平行棒理論は、公的な救済と民間の慈善事業が、それぞれ別の貧困者を対象とし、互いに交わらないまま並んで存在するべきだとする考え方です。平行棒という体操器具は、同じ高さの二本の棒が同じ方向に伸びていて、どちらが上でも下でもありません。公的な救済と民間の慈善事業を、どちらかがもう一方を支えるのではなく、対等に並ぶ二つの仕組みとして捉えるところから、この呼び名がついています。
慈善組織協会は、貧困者を救済に値する者と救済に値しない者に区別しました。救済に値する者は民間の慈善事業が友愛訪問によって個別に扱い、救済に値しない者は救貧行政が救貧法によって扱う、という役割分担が主張されました。
この考え方のもとでは、民間の慈善事業が扱う範囲と公的な救済が扱う範囲は重なりません。公的な救済の水準が上がっても、民間の慈善事業の役割はそのまま残ります。
繰り出し梯子理論
繰り出し梯子理論は、ウェッブ夫妻が主張しました。公的な制度がすべての人に一定の水準を保障したうえで、民間の慈善事業がその上に積み上げる形で先進的な活動を行うとする考え方です。伸縮する梯子を継ぎ足して、より高いところへ届かせる様子にたとえられています。
土台にあたるのが、ウェッブ夫妻の唱えたナショナルミニマムです。国が国民全体に最低限度の生活水準を保障し、その水準を下回る人が出ないようにします。
民間の慈善事業は、その土台の上で、公的な制度がまだ扱っていない領域を開拓したり、公的な水準を超えるサービスを試みたりします。ナショナルミニマムが保障されても、民間の慈善事業は不要になりません。役割が、救済の肩代わりから、より高い水準を目指す活動へと移ります。
ウェッブ夫妻の詳細についてはこちらをご参照ください
→ウェッブ夫妻とベヴァリッジ|ナショナル・ミニマムから福祉国家へ
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第36回 現代社会と福祉 問題22
福祉における政府と民間の役割に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 平行棒理論とは、救済に値する貧民は救貧行政が扱い、救済に値しない貧民は民間慈善事業が扱うべきだとする考え方を指す。
2 繰り出し梯子理論とは、ナショナルミニマムが保障された社会では、民間慈善事業が不要になるとの考え方を指す。
3 社会市場のもとでは、ニーズと資源との調整は、価格メカニズムにより行われ、そこに政府が関与することはない。
4 準市場のもとでは、サービスの供給に当たり、競争や選択の要素を取り入れつつ、人々の購買力の違いによる不平等を緩和するための施策が講じられることがある。
5 ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)とは、福祉サービスの供給に参入した民間企業の経営効率化のために、その経営に行政職員を参画させる取組を指す。
解説
1 × 扱う主体が逆です。救済に値する貧民を民間慈善事業が、救済に値しない貧民を救貧行政が扱うべきだとする考え方です。
2 × ナショナルミニマムが保障された社会でも、民間慈善事業はその上に積み上げる役割を担うとする考え方です。
3 × 社会市場は、価格メカニズムによらずに資源が配分され、政府が関与する仕組みを指します。
4 ○ 準市場は、公的な財源のもとで供給者間の競争や利用者の選択を取り入れる仕組みです。
5 × ニュー・パブリック・マネジメントは、民間企業の経営手法を行政に取り入れる考え方です。
正答 4
第28回 現代社会と福祉 問題24
イギリスにおける貧困対策の歴史に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 新救貧法(1834年制定)は、劣等処遇の原則を否定した。
2 慈善組織協会(COS、1869年設立)は、救済に値する貧民に対する立法による救済を主張した。
3 ブース(Booth,C.)は、ロンドン貧困調査から「貧困線」という概念を示した。
4 老齢年金法(1908年成立)は、貧困高齢者に、資力調査なしで年金を支給した。
5 ウェッブ夫妻(Webb,S.&B.)は、「社会保障計画」を提唱した。
解説
1 × 新救貧法は、劣等処遇の原則を採用しました。
2 × 慈善組織協会は、救済に値する貧民を民間の慈善事業が個別に扱うべきだと主張しました。立法による救済を主張したものではありません。
3 × 貧困線を示したのはラウントリー(Rowntree,B.S.)です。ブースはロンドン調査で貧困の実態を明らかにしました。
4 × 老齢年金法は、資力調査を行ったうえで年金を支給する仕組みでした。
5 × ウェッブ夫妻が提唱したのはナショナルミニマムです。「社会保障計画」はベヴァリッジ報告の内容です。
正答 3
第35回 現代社会と福祉 問題26
福祉に関する思想や運動についての次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 バーリン(Berlin,I.)のいう積極的自由とは、自らの行為を妨げる干渉などから解放されることで実現する自由を意味する。
2 ポジティブ・ウェルフェアは、人々の福祉を増進するために、女性参政権の実現を中心的な要求として掲げる思想である。
3 1960年代のアメリカにおける福祉権運動の主たる担い手は、就労支援プログラムの拡充を求める失業中の白人男性たちであった。
4 フェビアン社会主義は、ウェッブ夫妻(Webb,S.&B.)などのフェビアン協会への参加者が唱えた思想であり、イギリス福祉国家の形成に影響を与えた。
5 コミュニタリアニズムは、家族や地域共同体の衰退を踏まえ、これらの機能を市場と福祉国家とによって積極的に代替するべきだとする思想である。
解説
1 × 干渉からの解放によって実現する自由は、消極的自由です。
2 × ポジティブ・ウェルフェアは、ギデンズ(Giddens,A.)が示した考え方で、給付による事後的な救済ではなく、教育や就労を通じて人々の能力を高めることを重視します。
3 × 福祉権運動の主たる担い手は、公的扶助を受給する黒人女性たちでした。
4 ○ フェビアン協会は1884年に設立され、ウェッブ夫妻が中心となりました。革命によらず漸進的に社会を改良する立場をとり、イギリスの福祉国家形成に影響を与えました。
5 × コミュニタリアニズムは、家族や地域共同体がもつ機能を重視する立場です。
正答 4


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