語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか? 法律は「いつできたか」ではなく「どのような背景で、どのような内容だったか」を覚えていないと解けません。 時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。
今回のテーマは「国連の障害者福祉の流れ」です。1971年の知的障害者の権利宣言から、2006年の障害者権利条約まで。国連が障害者福祉をどう進めてきたかを、一本の流れで整理します。
知的障害者の権利宣言(1971年)
国連が障害者の権利について最初に出した宣言が、1971年の知的障害者の権利宣言です。知的障害のある人も、他の人と同じ権利を持つことを国際的に確認しました。
障害者全般ではなく、知的障害者の権利宣言がさきに出された背景には、ノーマライゼーションの理念が知的障害分野からうまれたという経緯があります。
ノーマライゼーションがうまれる経緯等についてはこちらをご参照ください。

障害者の権利宣言(1975年)
1975年には、障害者の権利宣言が採択されました。対象が知的障害から、すべての障害へと広がります。障害のある人の市民的・政治的権利、経済的・社会的保障などを確認した宣言です。
ただし、宣言は各国に「こうしましょう」と呼びかけるものであって、法的な拘束力がありません。そこで実効性を持たせるための取り組みが、このあと続きます。
国際障害者年(1981年)・完全参加と平等
1981年は国際障害者年です。テーマは「完全参加と平等」でした。障害のある人が社会のあらゆる活動に完全に参加し、平等な生活を実現することを、世界共通の目標として掲げました。
翌1982年には「完全参加と平等」をより実効的なものにしていくために「障害者に関する世界行動計画」が採択され、1983年から1992年までの10年間は「国連・障害者の十年」とされました。単なるテーマを掲げるのではなく、期間を区切って各国に具体的な行動を求める内容になっていました。
日本でも、この国際的な流れを受けて障害者施策の見直しが進みました。1993年に心身障害者対策基本法が障害者基本法へと改正されたのは、その一つです。
障害者の権利に関する条約(2006年採択)
そして2006年、障害者の権利に関する条約が国連総会で採択されました。宣言と違い、条約には法的な拘束力があります。批准した国は、条約の内容に合わせて国内の法律を整備する義務を負います。
条約の作成過程には障害のある当事者が参加しました。「Nothing about us without us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」という言葉は、この条約を象徴しています。さらに、差別の禁止や合理的配慮の提供などを各国に求める内容になっていました。
日本は2007年に署名し、国内法の整備を経て2014年に批准しました。批准までの国内法整備の流れは、こちらの記事で整理しています。

すっきり整理:国連の流れ
| 年 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1971年 | 知的障害者の権利宣言 | 対象は知的障害 |
| 1975年 | 障害者の権利宣言 | すべての障害へ拡大・拘束力なし |
| 1981年 | 国際障害者年 | テーマは「完全参加と平等」 |
| 1983〜1992年 | 国連・障害者の十年 | 行動の期間 |
| 2006年 | 障害者権利条約の採択 | 法的拘束力あり・日本は2014年批准 |
過去問で確認!
第35回 問題56(障害者福祉制度の発展過程)
2 1981年(昭和56年)の国際障害者年では、「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを決めるな)」というテーマが掲げられた。
→× 国際障害者年のテーマは「完全参加と平等」です。「Nothing about us without us」は障害者権利条約を象徴する言葉です。
第31回 問題57
障害者の権利に関する条約では、合理的配慮という考え方が重要視された。
→〇
国連で定めた国際障害者年のテーマは、「万人のための社会に向けて」であった。
→× 国際障害者年のテーマは「完全参加と平等」です。
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