社会保障の歴史シリーズ
語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか。法律は、いつできたかではなく、どのような背景で、どのような内容だったかを覚えていないと解けません。時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。
社会保障の歴史は全7回です。
→①戦前・社会保険のはじまり|健康保険法・国民健康保険法・労働者年金保険法
→②1950年勧告から国民皆保険・皆年金まで
→③福祉元年から見直しの時代へ|老人保健法と基礎年金
→社会保障の歴史④|介護保険から後期高齢者医療制度・適用拡大まで(この記事)
→⑤医療保険だけの歴史|1922年から2008年まで
→⑥年金の歴史|1941年から2004年まで
→⑦労災・雇用・介護保険の歴史|1947年から2000年まで
歴史の勉強の仕方についての記事はこちら
→歴史の勉強の仕方
今回のテーマは介護保険と平成以降の社会保障
社会保障の歴史、第4回は介護保険と平成以降の社会保障です。この時代の中心は、5つ目の社会保険として生まれた介護保険、2008年の後期高齢者医療制度、2012年の社会保障と税の一体改革、被用者保険の適用拡大です。
介護保険法(1997年制定・2000年施行)・5つ目の社会保険
1997年(平成9年)に介護保険法が制定され、2000年(平成12年)に施行されました。医療・年金・労災・雇用に続く、5つ目の社会保険の誕生です。新しい社会保険が作られたのは、1947年の労災保険・失業保険以来、50年ぶりでした。
背景には、高齢化の進行と家族介護の限界がありました。当時、高齢者の介護は、老人福祉制度による特別養護老人ホームへの入所などの措置と、医療保険による病院への入院という、福祉と医療の2つのルートに分かれていました。介護の受け皿が足りない中で、治療の必要がなくても病院に入院し続ける、いわゆる社会的入院が問題になっていました。
介護保険は、福祉と医療に分かれていた高齢者介護のサービスを再編し、保険料を財源に、利用者が事業者と契約してサービスを選ぶ仕組みとして一本化しました。
介護保険の制定と、その後の改正についての記事はこちら
→高齢者福祉の歴史④|介護保険法の制定と改正経緯をわかりやすく解説
国家試験では、次のように出題されました。
○「2000年度(平成12年度)から、新しい社会保険制度として、介護保険法が施行された。」(第37回問題29)
×「2000年(平成12年)に、介護保険制度と後期高齢者医療制度が同時に創設された。」(第34回問題49)→後期高齢者医療制度は2008年です。同時ではありません。
後期高齢者医療制度(2008年)
③の記事で見た老人保健制度は、高齢者の医療費を各医療保険者の拠出金で支える仕組みでした。しかし、高齢者自身は元の保険に加入したままだったため、誰がいくら負担して高齢者医療を支えているのかが見えにくいという批判がありました。
老人保健制度についての記事はこちら
→社会保障の歴史③福祉元年から見直しの時代へ|老人保健法と基礎年金
2008年(平成20年)、老人保健法は高齢者医療確保法に改正され、後期高齢者医療制度が始まりました。75歳以上の人は、それまで加入していた保険を脱退し、独立した後期高齢者医療制度の被保険者になりました。運営は都道府県ごとの後期高齢者医療広域連合です。
財源は、公費が約5割、現役世代の保険からの後期高齢者支援金が約4割、そして高齢者自身の保険料が約1割です。老人保健法で導入された国・地方公共団体・医療保険者が医療費の一部を負担する仕組みも、後期高齢者支援金として引き継がれました。
国家試験では、次のように出題されました。
×「2008年(平成20年)に後期高齢者医療制度が導入され、老人医療費が無料化された。」(第35回問題49)→老人医療費の無料化は1973年の福祉元年です。後期高齢者医療制度では、高齢者自身も保険料と一部負担金を負担します。
社会保障と税の一体改革(2012年)
2012年(平成24年)、社会保障と税の一体改革の関連法が成立しました。高齢化で社会保障の給付費が増え続け、財源の不足分を国債で賄っていたことが背景にあります。消費税率を段階的に10%まで引き上げ、その増収分をすべて社会保障(年金・医療・介護・子育て支援)に充てるという枠組みです。子育て支援が社会保障の柱として明確に位置づけられたのも、この改革の特徴です。
この改革で実施された主な施策は、次のとおりです。
①基礎年金の国庫負担2分の1への引き上げが恒久化されました。それまで暫定的な財源で維持されていた2分の1の国庫負担に、安定した財源として消費税があてられました。
②遺族基礎年金の支給対象が父子家庭にも拡大されました。それまで遺族基礎年金は母子家庭を想定した「子のある妻」向けの給付でしたが、「子のある配偶者」に改められました。
③2018年度(平成30年度)から、都道府県が市町村とともに国民健康保険の保険者となりました。都道府県が財政運営の責任主体となり、国民健康保険の財政の安定化が図られました。
国庫負担についての記事はこちら
→社会保障の国庫負担を整理|生活保護・年金・児童扶養手当・協会けんぽ
国家試験では、次のように出題されました。
○「遺族基礎年金の支給対象が父子家庭に拡大された」(第38回問題28)
○「市町村とともに都道府県も国民健康保険の保険者となった」(第38回問題28)
×「厚生年金保険の給付費に係る国庫負担が、3分の1から2分の1に恒久的に引き上げられた」(第38回問題28)→2分の1への引き上げが恒久化されたのは、基礎年金の国庫負担です。
×「子ども手当制度が創設され、それに伴い児童手当制度が廃止された」(第38回問題28)→児童手当は1971年(昭和46年)の児童手当法で始まり、2010年(平成22年)に子ども手当が創設されましたが、2012年(平成24年)に再び児童手当に戻りました。廃止されていません。
被用者保険の適用拡大
平成の終わりから令和にかけての大きな流れが、被用者保険の適用拡大です。パートタイマーなどの短時間労働者にも、厚生年金・健康保険への加入を段階的に広げてきました。2016年(平成28年)に従業員501人以上の企業から始まり、その後、対象となる企業規模は段階的に引き下げられています。
働き方が多様になり短時間労働者が増えたため、「会社で働く人は被用者保険に加入する」という原則が、短時間労働者にも広げられました。国民皆保険・皆年金の中身が、時代に合わせて見直されています。
被用者保険の適用拡大についての記事はこちら
→被用者保険の適用拡大とは?4分の3基準と51人要件をわかりやすく整理
すっきり整理 平成以降の年表
| 年 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1997年 | 介護保険法の制定 | 5つ目の社会保険・施行は2000年 |
| 2008年 | 後期高齢者医療制度 | 75歳以上が独立した制度へ・支援金 |
| 2012年 | 社会保障と税の一体改革 | 消費税を社会保障の財源に |
| 2016年〜 | 被用者保険の適用拡大 | 短時間労働者へ段階的に拡大 |
次回は医療保険の歴史です
次回は医療保険だけを取り出して、1922年の健康保険法から2008年の後期高齢者医療制度までを確認します。
→社会保障の歴史⑤|医療保険だけの歴史・1922年から2008年まで一気読み
ほかの分野の歴史の記事はこちら
→歴史の記事マップ
過去問を解いてみましょう
第38回 社会保障 問題28
次の記述のうち、「社会保障と税の一体改革」において実施された一連の施策として、適切なものを2つ選びなさい。
1 厚生年金保険の給付費に係る国庫負担が、3分の1から2分の1に恒久的に引き上げられた
2 子ども手当制度が創設され、それに伴い児童手当制度が廃止された
3 公的医療保険のうち被用者の医療保険が、健康保険に一元化された
4 遺族基礎年金の支給対象が父子家庭に拡大された
5 市町村とともに都道府県も国民健康保険の保険者となった
解説
1→× 2分の1への引き上げが恒久化されたのは、基礎年金の国庫負担です。厚生年金保険の給付費に係る国庫負担ではありません。
2→× 児童手当は1971年(昭和46年)の児童手当法で始まり、2010年(平成22年)に子ども手当が創設されましたが、2012年(平成24年)に再び児童手当に戻りました。廃止されていません。
3→× 被用者保険の一元化は実施されていません。健康保険組合・協会けんぽ・共済組合は今も並立しています。
4→○ 遺族基礎年金の支給対象が、「子のある妻」から「子のある配偶者」に改められ、父子家庭にも拡大されました。
5→○ 2018年度(平成30年度)から、都道府県が市町村とともに国民健康保険の保険者となりました。一体改革の一連の施策のひとつです。


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