語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか? 法律は「いつできたか」ではなく「どのような背景で、どのような内容だったか」を覚えていないと解けません。 時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。
今回のテーマは「社会保険のはじまり」です。日本初の社会保険である健康保険法から、戦時中に生まれた年金まで。戦前の社会保険を扱います。
①戦前・社会保険のはじまり(今ここ)
→②戦後・国民皆保険皆年金への道はこちら
→③福祉元年から見直しの時代へはこちら
→④介護保険と平成以降はこちら
→⑤医療保険だけの歴史はこちら
→⑥年金だけの歴史はこちら
→⑦労災・雇用・介護保険の歴史はこちら
健康保険法(1922年制定)・日本初の社会保険
前史として、1911年(明治44年)の工場法(日本初の労働者保護法)からはじめます。年少者や女性の労働時間の制限、業務上の傷病に対する扶助などを定めました。過酷な労働で労働者が使い捨てされるような状況を放置すれば、産業そのものが立ち行かなくなってしまいます。工場法は、健康に働ける労働力を守るという発想が強い内容になっていました。
この流れの先に、1922年(大正11年)の健康保険法があります。日本初の社会保険です。対象は工場や鉱山で働く労働者、いわゆるブルーカラーの被用者でした。健康に働ける労働力の確保に加えて、第一次世界大戦後に頻発した労働争議への対策、つまり労働者の生活を安定させて労使の対立を和らげるという狙いもありました。
健康保険法は1922年に制定されましたが、関東大震災(1923年)の影響で、施行は5年後の1927年(昭和2年)です。
国民健康保険法(1938年制定)・農村への拡大
健康保険法がカバーしたのは、あくまで工場などで働く被用者だっため、人口の大部分を占める農民や自営業者を対象とした医療保険がありませんでした。
そこで農民や自営業者を対象にした医療保険として、1938年(昭和13年)に国民健康保険法が制定されます。法律の目的は①昭和恐慌で疲弊した農村の救済②戦争に向けた「健兵健民」政策の2点であり、健康な兵士と国民を確保するという狙いが背景にありました。ただし、この時点の国民健康保険は、市町村単位の組合による任意設立・任意加入の仕組みであり、1958年の全面改正(新国民健康保険法)で市町村の実施が義務化され、1961年に国民皆保険が実現します。(→②の記事へ)。
同じ1938年には、厚生省が設置されています。

労働者年金保険法(1941年制定)・戦時中に生まれた年金
公的年金は、1941年(昭和16年)の労働者年金保険法から始まりました。対象は工場などの男性労働者です1944年(昭和19年)には厚生年金保険法に改称され、対象が事務職員や女性にも拡大されました。
なぜ戦争の真っただ中に年金が作られたのでしょうか。年金は、保険料を何十年も積み立ててから給付が始まる制度です。つまり、始めた直後はお金が集まる一方で、支払いはほとんど発生しません。積み立てられた資金を戦費に回せるという事情が、この時期の創設を後押ししました。労働者を職場につなぎとめる狙いもありました。
現在、社会保障の根拠は憲法第25条の生存権と説明されます。しかし少なくともこの当時の年金は、国民の安定的な老後のために作られた制度ではありませんでした。生存権を土台とする社会保障への歩みは、戦後に始まります(→②の記事へ)
すっきり整理:戦前の社会保険
| 年 | 法律 | ポイント |
|---|---|---|
| 1922年 | 健康保険法の制定 | 日本初の社会保険・施行は1927年 |
| 1938年 | 国民健康保険法の制定 | 農村対策・任意設立・任意加入 |
| 1941年 | 労働者年金保険法の制定 | 1944年に厚生年金保険法へ改称 |
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