語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか? 法律は「いつできたか」ではなく「どのような背景で、どのような内容だったか」を覚えていないと解けません。 時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。
今回のテーマは「支援費制度から障害者自立支援法へ」です。措置から契約への大転換と、三障害の一元化を扱います。
→①戦後〜福祉六法体制の記事はこちら
→②障害者基本法の歴史の記事はこちら
③支援費制度から障害者自立支援法へ(今ここ)
→④障害者権利条約の批准が与えた影響の記事はこちら
措置制度の時代
他のサービス同様、障害福祉サービスは措置制度で提供されてきました。どのサービスを、どの事業者から受けるかを行政が決定する仕組みで、利用者は行政処分の対象であって、サービスを選ぶ主体ではありませんでした。
2000年に介護保険制度が始まり、高齢者分野では利用者が事業者と契約してサービスを選ぶ形が実現します。障害福祉の分野でも同じ方向への転換が求められましたが、2000年の基礎構造改革と同時に、契約制度が導入されたわけではありませんでした。
支援費制度(2003年)・措置から契約へ
そして、2003年(平成15年)、支援費制度が始まりまり、障害分野でも、利用者が事業者を選んで契約し行政がその費用(支援費)を支給する仕組みに変更されました。障害のある人が「行政処分の対象」から「サービスを選ぶ主体」に変わった、大きな転換点です。
ただし、支援費制度には主に以下の課題が課題がありました。
①対象は身体障害と知的障害で、精神障害は含まれていませんでした
②障害児の一部のサービスにも措置が残っていました
③利用者の増加に財源が追いついていませんでした
そこで、制度開始からわずか2年あまりで見直されることになります。
障害者自立支援法(2005年成立・2006年施行)
2005年(平成17年)に成立したのが障害者自立支援法です。主な内容は以下2点です。
①三障害の一元化です。身体・知的・精神と、対象者ごとに別々だったサービスの仕組みが、一つの法律に一元化され、事業体系が再編されました。障害者福祉①の記事で見た1949年以来の縦割り体制が、ここでようやく一つになります。
②利用者負担の考え方です。障害者自立支援法では、サービス利用量に応じて負担する応益負担(定率負担)が原則とされました。所得に応じて負担する応能負担ではありません。この負担のあり方は大きな議論を呼び、その後の障害者総合支援法(2012年)へとつながっていきます(→④の記事へ)。
すっきり整理:制度の転換
| 制度 | 年 | 仕組み | 対象 |
|---|---|---|---|
| 措置制度 | 2003年 | 行政がサービスを決定 | 障害種別ごとに縦割り |
| 支援費制度 | 2003年 | 契約(利用者が選ぶ) | 身体・知的(精神は対象外) |
| 障害者自立支援法 | 2006年施行 | 契約・応益負担が原則 | 三障害を一元化 |
過去問で確認!
第35回 問題56(障害者福祉制度の発展過程)
3 2003年(平成15年)には、身体障害者等を対象に、従来の契約制度から措置制度に転換することを目的に支援費制度が開始された。
→× 逆です。措置制度から契約制度への転換です。
4 2005年(平成17年)に成立した障害者自立支援法では、障害の種別にかかわらず、サービスを利用するための仕組みを一元化し、事業体系を再編した。
→〇
第36回 問題57(障害者福祉制度の発展過程)
4 2005年(平成17年)に制定された障害者自立支援法では、利用者負担は所得に応じた応能負担が原則となった。
→× 応益負担(定率負担)が原則とされました。応能負担への見直しは、その後の流れです。
▼他のシリーズはこちら
頻出!流れで覚える年表シリーズ

https://stkmt.com/shogai-rekishi-2/
https://stkmt.com/shogai-rekishi-4/


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