貧困の再発見とは
戦後イギリスでは、ベヴァリッジ報告に基づいて社会保障制度が整備され、福祉国家が形づくられました。1960年代、貧困はもう昔の問題だと思われていたのです。
ところが、エイベル=スミスとタウンゼントは、貧困が形を変えて存在し続けていることを実証しました。これが「貧困の再発見」です。
『貧困者と極貧者』(1965年)
エイベル=スミスとタウンゼントは、共著『貧困者と極貧者(The Poor and the Poorest)』を1965年に発表しました。
この調査は、1953年から54年にかけての時期と1960年を比較し、イギリスの貧困世帯・極貧世帯がむしろ増加していることを明らかにしました。制度が整ったはずの福祉国家で、貧困が減るどころか増えている。この結果は社会に衝撃を与えました。
19世紀末にブースとラウントリーが貧困を科学的に測定してから、およそ半世紀。貧困は一度「発見」され、解決したと思われ、そしてもう一度「発見」されたことになります。
→ブースとラウントリーの貧困調査|貧困線と第一次貧困・第二次貧困
相対的剥奪
その後タウンゼントは、貧困を測る新しい考え方として「相対的剥奪」を提唱しました。
所得がいくらかという数字だけでは、貧困は捉えきれません。その社会で一般的とされている生活習慣や食事、社会活動に、実際にどれだけ参加できているか。そこから貧困を捉えようとする考え方です。
たとえば、周りの子どもが当たり前に参加している行事に参加できない。人を家に招くことができない。こうした状態は、所得の数字には表れませんが、その社会の標準的な生活から締め出されている状態です。これを剥奪と呼びます。
相対的貧困率との違い
ここが混同されるところです。
| 相対的貧困率 | 等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合。OECDの作成基準に基づき、厚生労働省が国民生活基礎調査から算出・公表している、所得を基準にした統計指標 |
| 相対的剥奪としての貧困 | タウンゼントが提唱した考え方。所得の多寡だけでなく、その社会において一般的とされる生活習慣・食事・社会活動に、実際にどれだけ参加できているかという、生活の実態から貧困を捉えるもの |
「相対的貧困率」は所得という数字で明確に定義された統計指標です。「相対的剥奪としての貧困」は生活の中身そのものを見ます。名前が似ているので、選択肢で入れ替えて出されます。
過去問を確認しましょう
第34回問題26(現代社会と福祉)
選択肢の一部を抜粋します。
エイベル‒スミス(Abel-Smith, B.)とタウンゼント(Townsend, P.)は,イギリスの貧困世帯が増加していることを 1960 年代に指摘し,それが貧困の再発見の契機となった。
解説
→○ 記述のとおりです。
第34回問題26(現代社会と福祉)
同じ問題から、別の選択肢を抜粋します。
タウンゼント(Townsend, P.)は,等価可処分所得の中央値の 50 %を下回る所得しか得ていない者を相対的剥奪の状態にある者とし,イギリスに多数存在すると指摘した。
解説
→× 等価可処分所得の中央値の50%という基準は、相対的貧困率の定義です。タウンゼントの相対的剥奪は、所得の数字ではなく、その社会の標準的な生活にどれだけ参加できているかという生活の実態から捉えるものになります。
第37回問題22(社会福祉の原理と政策)
「持続可能な開発目標」(SDGs)がターゲットとしている「極度の貧困」の参照基準として,最も適切なものを 1 つ選びなさい。
1 ラウントリー(Rowntree, B.S.)が貧困調査で使用した「第 1 次貧困」
2 経済協力開発機構(OECD)で使用される「相対的貧困率」
3 国連開発計画(UNDP)で使用される「人間開発指数」
4 世界銀行で使用される「国際貧困線」
5 タウンゼント(Townsend, P.)が貧困調査で使用した「相対的剥奪指標」
解説
正答は4です。
SDGsの極度の貧困と国際貧困線については、こちらで確認できます。
→絶対的貧困と相対的貧困|SDGsの極度の貧困は国際貧困線
1→× 第1次貧困はラウントリーがヨーク市の調査で用いた基準です。
2→× 相対的貧困率は、その社会の中央値との比較で測る指標です。極度の貧困の基準ではありません。
3→× 人間開発指数は、平均寿命や教育、所得から人間開発の度合いを測る指標です。
4→○ 記述のとおりです。
5→× 相対的剥奪指標はタウンゼントが用いたものですが、極度の貧困の参照基準ではありません。
すっきり整理
| 誰が | エイベル=スミスとタウンゼント |
| 何を | 『貧困者と極貧者』(1965年)で、福祉国家イギリスの貧困世帯が増加していることを実証 |
| いつ | 1960年代。ベヴァリッジ報告後、貧困は解決したと思われていた時期 |
| その後 | タウンゼントが相対的剥奪を提唱 |
| 注意 | 相対的剥奪と相対的貧困率は別のもの |


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