高齢者福祉の歴史③|ゴールドプランと福祉八法改正をわかりやすく解説

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社会福祉の原理と政策
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高齢者福祉の歴史シリーズ

語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか。法律は、いつできたかではなく、どのような背景で、どのような内容だったかを覚えていないと解けません。時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。

高齢者福祉の歴史は全4回です。
→①老人福祉法の制定
→②老人医療費無料化と老人保健法
→高齢者福祉の歴史③|ゴールドプランと福祉八法改正(この記事)
→④介護保険法の制定と改正

歴史の勉強の仕方についての記事はこちら
→歴史の勉強の仕方

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今回のテーマはゴールドプランと福祉八法改正

高齢者福祉の歴史、第3回はゴールドプランと福祉八法改正です。1989年のゴールドプランから、1999年のゴールドプラン21までを確認します。この時代の中心は、ゴールドプラン、1990年の福祉八法改正、新ゴールドプラン、1995年の高齢社会対策基本法です。

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1989年、ゴールドプランが策定される

高齢化が急速に進むなか、1989年(平成元年)、高齢者保健福祉推進十か年戦略、通称ゴールドプランが策定されました。同じ年に消費税(3%)が導入されており、その財源を踏まえて、1999年度までの10年間で6兆円以上を投じ、高齢者福祉のサービス基盤を整備する計画です。それまで施設整備が中心だった高齢者福祉を、在宅福祉に本格的に広げることが狙いでした。

数値目標は次のとおりです。在宅福祉では、ホームヘルパー10万人・ショートステイ5万床・デイサービスセンター1万か所・在宅介護支援センター1万か所。施設福祉では、特別養護老人ホーム24万床・老人保健施設28万床・ケアハウス10万人といった目標が掲げられました。寝たきり老人ゼロ作戦もこのゴールドプランに含まれています。

寝たきりゼロ作戦とは?

当時の日本は、欧米の先進国と比べて寝たきりの高齢者が多いことが問題になっていました。そこで「寝たきりは予防できる」という考え方を広め、新たに寝たきりの高齢者を生まないことを目標として、脳卒中などのリハビリテーションの普及、保健事業による予防、在宅サービスの拡充などを進めるものでした。この作戦は、新ゴールドプランでは「新寝たきり老人ゼロ作戦」として引き継がれました。

国家試験では、次のように出題されました。
×「高齢者の医療の確保に関する法律による第3期医療費適正化計画では,2010年代から2020年代の取組の一つとして,寝たきり老人ゼロ作戦が初めて示された。」(第35回問題127)→寝たきり老人ゼロ作戦は、1989年のゴールドプランで掲げられました。

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1990年、福祉八法改正される

ゴールドプランを実施するため、1990年(平成2年)に福祉八法が改正されました(老人福祉法等の一部を改正する法律)。高齢者福祉に関わる主な改正内容は、次の3点です。

①老人福祉計画の策定義務化:老人福祉法が改正され、市町村・都道府県に老人福祉計画の策定が義務づけられました。
②老人保健計画の策定義務化:老人保健法も改正され、老人保健計画の策定が義務づけられました。この老人福祉計画と老人保健計画をあわせて、老人保健福祉計画と呼びます。
③在宅福祉サービスの法定化と措置権限の移譲:デイサービスやショートステイなどの在宅福祉サービスが、社会福祉事業法(当時)の第二種社会福祉事業として法定化されました。また、特別養護老人ホームなどの入所措置の権限が、都道府県から町村へ移譲されました。

福祉八法改正についての記事はこちら
→福祉八法改正をわかりやすく解説|ゴールドプランから老人保健福祉計画

ゴールドプランから基礎構造改革までの記事はこちら
→日本の福祉の歴史⑥|ゴールドプラン・福祉八法改正から基礎構造改革・措置から契約へ

国家試験では、次のように出題されました。
×「1963年(昭和38年)の老人福祉法の制定によって,デイサービスやショートステイを含む在宅福祉サービスが法定化された。」(第37回問題86)→デイサービスとショートステイは、1990年の福祉関係八法改正で法定化されました。
×「1982年(昭和57年)の老人保健法の制定によって,市町村及び都道府県における老人保健福祉計画の策定義務が法定化された。」(第37回問題86)→老人保健福祉計画の策定義務は、1990年の福祉関係八法改正で法定化されました。

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1994年、新ゴールドプランへ

福祉八法改正で義務づけられた老人保健福祉計画が、全国の市町村で策定されました。その全国集計値が1993年に明らかになったとき、必要とされるサービス量はゴールドプランの目標を上回っていました。高齢化の進み方が、国の見込みより速かったことが分かります。

そこで1994年(平成6年)12月、ゴールドプランの後半5年分を見直した新・高齢者保健福祉推進十か年戦略、通称新ゴールドプランが策定されました。数値目標も引き上げられました。ホームヘルパーは10万人から17万人へ、デイサービスセンターは1万か所から1.7万か所へ、ショートステイは5万床から6万人分へ、特別養護老人ホームは24万床から29万床へ。さらに老人訪問看護ステーション5000か所が新たに加えられました。

ちょうど同じ1994年、日本の高齢化率は14%を超え、「高齢社会」に入りました。1970年に7%を超えてから、24年で14%に到達しています。この7%から14%までの所要年数を「倍加年数」と呼びます。フランスなど欧米諸国と比べると短い年数で、高齢化が進むスピードが速かったことがわかります。

1995年、高齢社会対策基本法

1995年(平成7年)、議員立法によって高齢社会対策基本法が制定されました。高齢者に関する施策は、福祉だけでなく、雇用、年金、住宅、まちづくり、生涯学習など、複数の省庁にまたがっています。それぞれが個別に進めると、いわゆる縦割り行政の弊害が生じます。そこで、高齢社会対策全体の基本理念と、国・地方公共団体の責務を定め、施策を総合的に進めるための法律がつくられました。

この法律に基づいて、内閣府に高齢社会対策会議が設置されています。会長は内閣総理大臣です。また、政府は高齢社会対策大綱を定めなければならないとされており、最初の大綱は翌1996年に閣議決定されました。基本的施策として掲げられているのは、就業及び所得、健康及び福祉、学習及び社会参加、生活環境の4分野です。

国家試験では、次のように出題されました。
×「人口の高齢化率が7%を超える状況を迎えた1990年代に高齢社会対策基本法が制定され,政府内に厚生労働大臣を会長とする高齢社会対策会議が設置された。」(第35回問題127)→高齢化率が7%を超えたのは1970年です。高齢社会対策会議の会長は内閣総理大臣です。

1999年、ゴールドプラン21へ

新ゴールドプランが1999年度で終了することと、翌2000年に介護保険法が施行されることを受けて、1999年(平成11年)12月、今後5か年間の高齢者保健福祉施策の方向、通称ゴールドプラン21が策定されました。計画期間は2000年度から2004年度までの5年間です。

ゴールドプラン21で掲げられた基本目標は、①活力ある高齢者像の構築、②高齢者の尊厳の確保と自立支援、③支え合う地域社会の形成、④利用者から信頼される介護サービスの確立、の4つです。

具体的な施策としては、介護サービスの基盤整備を進めるとともに、高齢者が元気なうちから健康づくりに取り組み、寝たきりや認知症を予防していく「ヤングオールド作戦」が新たに打ち出されました。ゴールドプランの「寝たきり老人ゼロ作戦」、新ゴールドプランの「新寝たきり老人ゼロ作戦」を引き継ぎつつ、支援される側という高齢者像そのものを見直す方向です。介護保険がサービスの提供を「措置」から「契約」に変えたことを受けて、利用者を保護する仕組みづくりや事業者の育成といった、サービスの質に関わる整備も課題に挙げられました。

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すっきり整理 ゴールドプランから1999年までの年表

年できごと
1989ゴールドプラン 策定(寝たきり老人ゼロ作戦)
1990福祉八法改正
(老人福祉計画・老人保健計画の策定義務化,在宅福祉サービスの法定化,措置権限の町村移譲)
1994新ゴールドプラン 策定。高齢化率14%突入(高齢社会へ)
1995高齢社会対策基本法 制定
1999ゴールドプラン21 策定

過去問を解いてみましょう

第35回問題127

日本の高齢者保健福祉施策の変遷に関する次の記述のうち,正しいものを 1 つ選びなさい。

1 老人医療費支給制度による老人医療費の急増等に対応するため,1980 年代に老人保健法が制定された。
2 人口の高齢化率が 7 %を超える状況を迎えた 1990 年代に高齢社会対策基本法が制定され,政府内に厚生労働大臣を会長とする高齢社会対策会議が設置された。
3 認知症高齢者の急増に対応してオレンジプラン(認知症施策推進 5 か年計画)が 1990 年代に策定され,その計画推進を目的の一つとして介護保険法が制定された。
4 住まいと介護の双方のニーズを有する高齢者の増加に対応するため,2000 年代の老人福祉法の改正によって軽費老人ホームが創設された。
5 高齢者の医療の確保に関する法律による第 3 期医療費適正化計画では,2010 年代から 2020 年代の取組の一つとして,寝たきり老人ゼロ作戦が初めて示された。

解説

1→○ 老人医療費支給制度(1973年施行)により老人医療費が急増したことなどに対応するため、1982年に老人保健法が制定されました。
2→× 高齢化率が7%を超えたのは1970年です。高齢社会対策基本法は1995年に制定され、高齢社会対策会議の会長は内閣総理大臣です。
3→× オレンジプランが策定されたのは2012年です。介護保険法は1997年に制定されています。
4→× 軽費老人ホームは、1963年の老人福祉法制定時から規定されています。
5→× 寝たきり老人ゼロ作戦は、1989年のゴールドプランで示されました。

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第37回問題86

日本の高齢者福祉制度の発展過程に関する次の記述のうち,正しいものを 1 つ選びなさい。

1 1963 年(昭和 38 年)の老人福祉法の制定によって,デイサービスやショートステイを含む在宅福祉サービスが法定化された。
2 1982 年(昭和 57 年)の老人保健法の制定によって,市町村及び都道府県における老人保健福祉計画の策定義務が法定化された。
3 1997 年(平成 9 年)の介護保険法の制定によって,介護保険の保険者は市町村及び特別区であることが法定化され,併せて広域連合や一部事務組合も保険者になることができるようになった。
4 2005 年(平成 17 年)の「高齢者虐待防止法」の制定によって,使用者(高齢者を雇用する事業主)による虐待が高齢者虐待の定義の一つとして,法定化された。
5 2023 年(令和 5 年)の「認知症基本法」の制定によって,国民に対して,認知症の人を不当に差別する行為を禁止することが法定化された。
(注)1  「高齢者虐待防止法」とは,「高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」のことである。
2  「認知症基本法」とは,「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」のことである。

解説

1→× 1963年の老人福祉法で法定化された在宅福祉サービスは、老人家庭奉仕員によるサービスです。デイサービスとショートステイは、1990年の福祉関係八法改正で法定化されました。
2→× 老人保健福祉計画の策定義務は、1990年の福祉関係八法改正で法定化されました。
3→○ 介護保険法は、市町村及び特別区を保険者と規定しています。広域連合や一部事務組合も、地方自治法に基づいて保険者になることができます。
4→× 高齢者虐待防止法が定義する高齢者虐待は、養護者による虐待と養介護施設従事者等による虐待です。使用者による虐待を定義に含むのは障害者虐待防止法です。
5→× 認知症基本法は、国民の責務として、認知症に関する正しい知識と認知症の人に関する正しい理解を深め、共生社会の実現に寄与するよう努めることを定めています。

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次回は介護保険法の制定と改正です

次回は、1997年の介護保険法の制定から、高齢化率21%(2007年)までを確認します。措置から契約への転換と、介護保険法の主な改正を確認します。
→高齢者福祉の歴史④|介護保険法の制定と改正経緯をわかりやすく解説

高齢者福祉の一問一答についての記事はこちら
→高齢者福祉の一問一答(30問)|地域支援事業・歴史・老人福祉法と虐待防止

ほかの分野の歴史の記事はこちら
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