1990年(平成2年)福祉八法改正。
社会福祉を勉強したことがある人なら絶対に知っている年表ですね。
なぜ同じ年に8つも法律が改正されたのでしょうか。
それは「施設から在宅へ」「市町村へ一元化」「計画を立てて進める福祉へ」
という大きな流れを作るためでした。
当時の日本
1970年に高齢化率7%を超えて高齢化社会に入り、1994年には14%を超えて高齢社会になります。1990年はかなりのスピード感で高齢化が進んでいる最中でした。
この当時の高齢者福祉は施設が中心で、介護が必要になったら施設入所というのが標準的な道筋でした。しかし、施設を作り続けることには限界がありました。財政的にも無理がでてきていましたし、何より「住み慣れた家で暮らしたい」という声に応えることができない仕組みでした。
1987年(昭和62年)には社会福祉士及び介護福祉士法が制定されました。福祉を担う専門職を、国家資格として位置づけた法律です。人を育てる仕組みも、同じ時期に作られていました。
なぜ改正が行われたのか
このような空気感の中で、1989年(平成元年)に、ゴールドプラン(高齢者保健福祉推進十か年戦略)が策定されました。ホームヘルパー10万人、デイサービス1万か所、ショートステイ5万床という具体的な数値目標を掲げた計画です。
ただ、計画を立てても、それを実施する仕組みがありませんでした。つまり、在宅のサービスは、ホームヘルプもデイサービスも、予算措置で行われている単なる事業であって、法定のサービスではなかったのです。
そして、施設に入所させるかどうかを決める権限は、都道府県にありました。住民の顔が見えない場所で、入所が決まっていたわけです。このことから都道府県と市町村の役割分担も見直されることになりました。これを実行するために実施されたのが福祉八法改正です。
福祉八法とは
正式名称は「老人福祉法等の一部を改正する法律」といいます。このとき改正された8つの法律をまとめて福祉八法と呼びます。
①老人福祉法 ②身体障害者福祉法 ③精神薄弱者福祉法(現在の知的障害者福祉法) ④児童福祉法 ⑤母子及び寡婦福祉法(現在の母子及び父子並びに寡婦福祉法) ⑥社会福祉事業法(現在の社会福祉法) ⑦老人保健法(現在の高齢者医療確保法) ⑧社会福祉・医療事業団法
福祉六法に、社会福祉事業法、老人保健法、社会福祉・医療事業団法を加えた形です。
福祉八法改正が目指したもの
大きく3つです。
①在宅福祉サービスの法定化
前年に策定されたゴールドプランの内容を実現するために、在宅福祉サービスが、法律上のサービスとして位置づけられました。老人居宅生活支援事業(ホームヘルプ、デイサービス、ショートステイ)が第二種社会福祉事業になります。施設入所以外のサービスが導入されました。
例えば、ゴールドプランでは、ホームヘルパーを10万人にすると記載されましたが、当時はまだ法律上のサービスではありませんでした。これを法定化し、ゴールドプランの目標を達成しようという取り組みが行われるようになったということです。
②市町村への権限移譲
特別養護老人ホームなどへの入所措置の権限が、都道府県から町村に移りました。住民に一番近い市町村が、福祉の実施主体になったということです。身体障害者の施設入所措置についても、市町村に移されています。
③老人保健福祉計画の策定義務化
前述したゴールドプランは、ホームヘルパー10万人、デイサービス1万か所という全国の総量目標が示されましたが、それはあくまでも全国の総量です。それぞれの自治体が自分の地域に必要な量を見積もり、計画に落とし込む必要がありました。そこで老人保健福祉計画の策定が義務付けられました。
地域にどれだけのニーズがあり→どれだけのサービスが必要か→それを自分たちで把握して→計画を立てる
福祉に「計画」という考え方が入った出発点です。
ただし、実務上は「老人保健福祉計画」と呼ばれていましたが、「老人保健福祉計画」という名前で規定されているわけではありません。福祉八法改正で、それぞれに計画に関する規定が置かれました。
老人福祉法→市町村老人福祉計画・都道府県老人福祉計画
老人保健法→市町村老人保健計画・都道府県老人保健計画
これらの計画の「現在」については、後述します。
その後、日本はどう変わったか
措置権が市町村に来たことで、市町村は福祉の実施主体になりました。2000年の介護保険法で市町村が保険者になるのは、この延長線上です。
「計画的な福祉へ」の出発点となった老人保健福祉計画は、2008年になくなりました。老人保健法が改正されて高齢者医療確保法(後期高齢者医療制度の根拠法)になった際に、老人保健計画の規定が置かれなかったためです。「老人保健福祉計画」という名前も使われなくなりました。
ただし、計画自体がなくなったわけではありません。老人福祉計画は老人福祉法に残り、いまは介護保険事業計画と一体のものとして作られています。高齢者医療確保法には、国と都道府県が作る医療費適正化計画が新設されました。健診の部分は、医療保険者が作る特定健康診査等実施計画に移っています。
そして、計画を作るという考え方そのものはさらに広がっていきます。介護保険事業計画、障害者計画、障害福祉計画、子ども・子育て支援計画、次世代育成支援行動計画、そして地域福祉計画などなど。
在宅サービスが法定化されたことで、施設か在宅かという選択が可能になりました。ただし、この時点ではまだ「措置」です。行政が決めて、サービスを提供する仕組みでした。利用者が選んで契約する形になるのは、2000年の社会福祉基礎構造改革を待つことになります。
過去問
福祉八法改正に関するものだけ赤字にしています。
第29回 問題127(高齢者に対する支援と介護保険制度)
老人福祉法の展開に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 老人福祉法制定時(1963年(昭和38年))には、特別養護老人ホームは経済的理由により居宅において養護を受けることが困難な老人を収容するものとされていた。
→× 経済的理由による入所は、養護老人ホームです。
2 65歳以上の者に対する健康診査事業は、老人医療費支給制度の導入時(1972年(昭和47年))に法定化された。
→× 1963年の老人福祉法の制定時に法定化されました。
3 高齢者保健福祉推進十か年戦略(1989年(平成元年))を円滑に実施するため、老人福祉計画の法定化を含む老人福祉法の改正(1990年(平成2年))が行われた。
→○ 正答です。ゴールドプランを実施するために、翌年の福祉八法改正が行われました。
4 老人家庭奉仕員派遣制度は、老人福祉法改正時(1990年(平成2年))に、デイサービスやショートステイと共に法定化された。
→× 老人家庭奉仕員派遣制度は、1963年の老人福祉法の制定時です。1990年に法定化されたのはデイサービスとショートステイです。
5 介護保険法の全面施行(2000年(平成12年))に合わせて、老人福祉施設等の入所事務が都道府県から町村に権限移譲された。
→× 1990年の福祉八法改正で権限移譲されました。
第37回 問題86(高齢者福祉)
日本の高齢者福祉制度の発展過程に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 1963年(昭和38年)の老人福祉法の制定によって、デイサービスやショートステイを含む在宅福祉サービスが法定化された。
→× 在宅福祉サービスの法定化は、1990年の福祉八法改正です。
2 1982年(昭和57年)の老人保健法の制定によって、市町村及び都道府県における老人保健福祉計画の策定義務が法定化された。
→× 老人保健福祉計画の策定義務化も、1990年の福祉八法改正です。
3 1997年(平成9年)の介護保険法の制定によって、介護保険の保険者は市町村及び特別区であることが法定化され、併せて広域連合や一部事務組合も保険者になることができるようになった。
→○ 正答です。
4 2005年(平成17年)の「高齢者虐待防止法」の制定によって、使用者(高齢者を雇用する事業主)による虐待が高齢者虐待の定義の一つとして、法定化された。
→× 高齢者虐待防止法の定義は、養護者によるものと養介護施設従事者等によるものです。使用者による虐待を定めているのは障害者虐待防止法です。
5 2023年(令和5年)の「認知症基本法」の制定によって、国民に対して、認知症の人を不当に差別する行為を禁止することが法定化された。
→× 認知症基本法に、差別行為を禁止する規定はありません。共生社会の実現を推進することを目的とした法律です。
上記2問の問題は「高齢者」の分野での出題になっています。高齢者分野では歴史の問題が1問出題される年が多いです。その中でも今回は福祉八法改正に焦点をあてて解説しました。
歴史の勉強の仕方にはコツがあります。こちらをご参照ください。
今回もこの考え方にそって解説しています!


コメント