日本では、1922年に健康保険法が制定され、1938年には国民健康保険法が制定されました。その後、1958年に国民健康保険法が全面改正され、1961年に国民皆保険が実現しています。
日本では、「誰もが何かの公的な医療保険に入っている」という状態が当たり前になっていますが、アメリカはいまだに国民皆保険になっていません。その理由を社会福祉士の国家試験の傾向に合わせて解説していきます。
社会保障法の制定(1935年)
1929年の世界恐慌に伴い大量の失業者が発生したことを受け、アメリカのローズヴェルト大統領はニューディール政策の一環として、1935年に社会保障法を制定しました。「社会保障」という言葉が世界で初めて法律名に用いられました。
一般的に、社会保障という概念の中には年金や失業保険、公的扶助、社会福祉サービス、そして医療保障が含まれることが多いですが、アメリカの社会保障法には医療保障が盛り込まれませんでした。
メディケアとメディケイドの創設(1965年)
1960年代のアメリカでは、豊かな社会の中に貧困が広がっていることが改めて注目されました。いわゆる「貧困の再発見」です。このような背景で「偉大な社会」を掲げたジョンソン政権は、貧困対策の一つとして社会保障法を改正し、2つの公的医療保障制度を創設しました。メディケアとメディケイドです。
*アメリカ・イギリスのそれぞれの貧困の再発見については、こちらの記事をご参照ください

メディケアは高齢者などを対象とする公的医療保険、メディケイドは低所得者を対象とする医療扶助です。ただし、これらは高齢者、障害者、低所得者をカバーするためのものであり、国民皆保険には至っていません。
福祉改革|AFDCからTANFへ(1996年)
1990年代には、クリントン大統領による公的扶助の大きな見直しが行われました。1996年には従来の要扶養児童家族扶助(AFDC)が廃止され、貧困家族一時扶助(TANF)が創設されました。受給期間の制限や就労要件が課され、政策方針は「福祉から就労へ」と大きく舵を切りました。これらをワークフェアと呼ぶこともあります。
医療保険改革法・オバマケア(2010年)
そして2010年、オバマ政権により医療保険改革法(通称オバマケア)が成立しました。オバマケアは、すべての国民に民間の医療保険への加入を義務付ける内容でした。無保険者は大きく減少しましたが、依然として無保険者は存在しており、現在も国民皆保険は実現していません。
すっきり整理:年表
| 年代 | 出来事・制度 | ポイント |
| 1929 | 世界恐慌 | 大量の失業者が発生 |
| 1935 | 社会保障法 ローズヴェルト ニューディール政策 | 「社会保障」を初めて法律名に使用 医療保険は含まれず |
| 1965 | 社会保障法改正 (ジョンソン・「偉大な社会」) | メディケアとメディケイドを創設 |
| 1996 | 福祉改革(クリントン) | AFDCを廃止しTANFを創設 「福祉から就労へ」(ワークフェア) |
| 2010 | 医療保険改革法・オバマケア | 民間の医療保険への加入を義務付け 国民皆保険には至らず |
過去問で確認!
第24回・問題24
アメリカにおいては、第二次世界大戦後まで公的年金は法制化されなかった。
→× 公的年金は1935年の社会保障法(第二次世界大戦前)で法制化されています。
第30回・問題27
アメリカのTANFは就労から福祉への政策転換であった。
→× 方向が逆です。「福祉から就労へ」の政策転換でした。
第31回・問題55
アメリカには全国民を対象とする公的な医療保障制度が存在する。
→× 公的医療保障は高齢者・障害者・低所得者などを対象とするもので、全国民を対象とする制度はありません。
第36回・問題23
1930年代のアメリカにおけるニューディール政策により、メディケアの導入がなされた。
→× メディケアの創設は1965年です。1935年の社会保障法に医療保険は含まれていません。
第37回・問題36
アメリカは国民皆保険を実現している。
→× オバマケア後も無保険者は存在しており、国民皆保険は実現していません。
↓イギリスの歴史シリーズはこちら
→①エリザベス救貧法・スピーナムランド制度から新救貧法へ
→②COS・セツルメント運動から広がる民間の力
→③ブース・ラウントリーの貧困調査からナショナル・ミニマム、ベヴァリッジ報告へ
→④福祉国家の完成からサッチャー・ブレアへ(完結編)

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