マイルズ「リッチモンドに帰れ」パールマン「ケースワークは死んだ」どういう意味?|流れで覚えるアメリカのケースワーク史

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ソーシャルワーク
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アメリカのケースワークの歴史

語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか。歴史は、いつ起きたかだけでなく、どのような背景で、どのような内容だったかを覚えていないと解けません。時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。

歴史の勉強の仕方についての記事はこちら
→歴史の勉強の仕方

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今回のテーマはリッチモンドからパールマンまで

アメリカのケースワークの歴史を、「リッチモンドに帰れ」と「ケースワークは死んだ」という2つの言葉を軸に確認します。「リッチモンドに帰れ」と言ったのはマイルズ、「ケースワークは死んだ」と言ったのはパールマンです。この歴史の中心は、リッチモンドの『社会診断』(1917年)、1920年代以降の精神分析への傾倒、1950年代のマイルズ、1967年のパールマンです。

「リッチモンドに帰れ」は1950年代、「ケースワークは死んだ」は1967年の言葉です。

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はじまりはリッチモンド|ケースワークの母

はじまりは、メアリー・リッチモンドです。慈善組織協会(COS)の友愛訪問から出発し、それまで経験と勘で行われていた援助を、初めて体系化しました。1917年の『社会診断』、1922年の『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』。この業績から、後に「ケースワークの母」と呼ばれます。

リッチモンドはケースワークを、人と社会環境との間を個別に、意識的に調整することを通して、パーソナリティを発達させる諸過程と定義しました。人と社会環境の両方を見ていたことが、リッチモンドの特徴です。この後の流れは、「社会環境を見ているか」に対する考え方の違いによって進みます。

診断主義アプローチについての記事はこちら
→診断主義アプローチ|リッチモンドの診断主義×フロイトの精神分析

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精神分析への傾倒

リッチモンドの後、アメリカのケースワークはフロイトの精神分析と出会います。1920年代以降、ケースワークは心の内面の分析へと傾いていきました。診断主義と呼ばれる流れです。

クライエントの生育歴を調べ、心を診断し、治療する。それ自体は専門性の深化でした。しかし、リッチモンドが見ていた「社会環境」の側が、後回しにされていきました。

「リッチモンドに帰れ」と言ったのは、次のマイルズです。

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「リッチモンドに帰れ」|マイルズ

このような状況に対し、1950年代、マイルズが声を上げます。それが「リッチモンドに帰れ」です。

心理の分析に傾きすぎて、社会的な要因が心理的な要因に比べると軽んじられているのではないか。診断主義と機能主義が論争に明け暮れて、肝心のクライエントが置き去りになっている点を憂いた言葉です。

原点のリッチモンドに帰って、人と社会環境の両方を見るケースワークを取り戻せ。そういう原点回帰の主張でした。

「ケースワークは死んだ」|パールマン

パールマンは1957年、問題解決アプローチを体系化しました。診断主義と機能主義、対立していた2つの立場を統合しようとしたのが、「4つのP」で知られるパールマンです。

1960年代、イギリスで貧困が再発見されました。エイベル=スミスとタウンゼントの調査(1965年)です。

貧困の再発見についての記事はこちら
→貧困を「発見」した4人|ブース・ラウントリーから、貧困の再発見へ

さらに同じ1960年代、アメリカでも貧困は「再発見」されていました。代表は、ハリントンの『もう一つのアメリカ』(1962年)。豊かな社会の中に、見えない貧困が広がっている。この告発は大きな反響を呼び、ジョンソン政権の「貧困戦争」につながりました。

ところがケースワークは、この社会問題に力を発揮できていませんでした。個人の心理分析に傾倒している間に、社会には貧困が広がっていました。その現状を見たパールマンが1967年に書いた論文のタイトルが、「ケースワークは死んだ」でした。ケースワークを見捨てた言葉ではなく、自己批判と、再生への期待を込めた言葉でした。

問題解決アプローチについての記事はこちら
→問題解決アプローチ(パールマン)|4つのPとワーカビリティ(MCOモデル)

国家試験では、「リッチモンドに帰れ」「ケースワークは死んだ」とリッチモンドについて次のように出題されました。
○「ケースワークの体系化に貢献したことから,後に「ケースワークの母」といわれた。」(第35回問題95)
○「『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』において,ケースワークを人間と社会環境との間を調整し,パーソナリティを発達させる諸過程と定義した。」(第35回問題95)
×「ハミルトン(Hamilton, G.)は、社会科学とのつながりを意識して、「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を提唱した。」(第34回問題92)→「リッチモンドに帰れ」は、ハミルトンではなくマイルズの言葉です。
×「トール(Towle, C.)は、「ケースワークは死んだ」という論文を発表し、社会問題へ目を向けることを提唱した。」(第34回問題92)→「ケースワークは死んだ」を発表したのは、トールではなくパールマンです。
×「パールマン(Perlman, H.)は、社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱した。」(第34回問題92)→これはパールマンではなく、マイルズのことです。
×「ケースワークの専門職としてニューヨーク慈善組織協会に採用された。」(第35回問題95)→リッチモンドは1889年に、ボルティモアの慈善組織協会に会計補佐として採用されました。ケースワークの専門職としてニューヨークの慈善組織協会に採用されたのではありません。

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→ソーシャルワークの形成過程の一問一答(31問)|COSとセツルメント・ケースワークの成立と統合化・人物

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過去問を解いてみましょう

第34回問題92

ソーシャルワークの発展に寄与した代表的な研究者とその理論に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。

1 ホリス(Hollis, F.)は、「状況の中の人」という視点で、心理社会的アプローチを提唱した。
2 トール(Towle, C.)は、「ケースワークは死んだ」という論文を発表し、社会問題へ目を向けることを提唱した。
3 パールマン(Perlman, H.)は、社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱した。
4 ロビンソン(Robinson, V.)は、内的な特徴と外的な特徴を統合させて人間を理解することを提唱した。
5 ハミルトン(Hamilton, G.)は、社会科学とのつながりを意識して、「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を提唱した。

解説

1→○ ホリスは「状況の中の人」の視点から、人を状況との相互作用の枠組みで理解しようとしました。伝統的な診断主義の流れをくむ心理社会的アプローチを提唱しました。
2→× 「ケースワークは死んだ」という論文を発表したのはパールマンです。トールは『コモン・ヒューマン・ニーズ』を著し、ケースワークと公的扶助との関係を論じました。
3→× 社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱したのは、パールマンではなくマイルズです。パールマンは『ソーシャル・ケースワーク――問題解決の過程』を著し、問題解決アプローチを示しました。問題解決の過程は、4つのP(Person、Problem、Place、Process)から構成されると考えました。
4→× ロビンソンは、ランクの成長の心理学を基盤に、機能主義学派の立場からケースワークの体系化に貢献しました。
5→× 社会科学とのつながりを求めて「リッチモンドに帰れ」と言ったのはマイルズです。ハミルトンは、診断主義としてのケースワーク理論の体系化に寄与しました。

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第35回問題95

リッチモンド(Richmond, M.)の人物と業績に関する次の記述のうち、適切なものを2つ選びなさい。

1 ケースワークの専門職としてニューヨーク慈善組織協会に採用された。
2 ケースワークの体系化に貢献したことから、後に「ケースワークの母」といわれた。
3 社会改良を意味する「卸売的方法」は、個別救済を意味する「小売的方法」の始点であり終点であると位置づけた。
4 『社会診断』において、ケースワークが社会的証拠の探索と収集を重視することに対して、異議を唱えた。
5 『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』において、ケースワークを人間と社会環境との間を調整し、パーソナリティを発達させる諸過程と定義した。

解説

1→× リッチモンドは1889年に、ボルティモアの慈善組織協会に会計補佐として採用されました。ケースワークの専門職としてニューヨークの慈善組織協会に採用されたのではありません。
2→○ 記述のとおりです。
3→× 社会改良(卸売的方法)と個別救済(小売的方法)の関係が入れ替えられています。リッチモンドは、小売的方法もまた社会環境を改革する一つの形態であると位置づけました。
4→× 『社会診断』は社会的証拠の探索と収集を重視した書です。異議を唱えてはいません。
5→○ 記述のとおりです。

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