「リッチモンドに帰れ」。「ケースワークは死んだ」。ソーシャルワークの歴史には、この2つの有名なスローガンが出てきます。誰が、いつ、何のために言った言葉なのか。「リッチモンドに帰れ」と言ったのはマイルズ、「ケースワークは死んだ」といったのはパールマンです。
この2つ、1本の物語としてつながっています。今回は、アメリカのケースワークの歴史を、流れで整理します。
はじまりはリッチモンド|ケースワークの母
はじまりは、メアリー・リッチモンドです。慈善組織協会(COS)の友愛訪問から出発し、それまで経験と勘で行われていた援助を、初めて体系化しました。1917年の『社会診断』、1922年の『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』。この業績から、後に「ケースワークの母」と呼ばれます。
リッチモンドはケースワークを、人と社会環境との間を個別に、意識的に調整することを通して、パーソナリティを発達させる諸過程と定義しました。ポイントは、人と社会環境の両方を見ていたことです。ここを覚えておいてください。
この後の流れは「社会環境を見ているか」に対する考え方の違いによって動いていきます。
リッチモンドの詳細はこちら

精神分析への傾倒
リッチモンドの後、アメリカのケースワークはフロイトの精神分析と出会います。1920年代以降、ケースワークは心の内面の分析へと、どんどん傾いていきました。診断主義と呼ばれる流れです。
クライエントの生育歴を調べ、心を診断し、治療する。それ自体は専門性の深化でした。でも・・・リッチモンドが見ていたはずの「社会環境」の側は、置き去りになっていきます。
どのようにして診断主義に発展していったかはこちらをご参照ください

「リッチモンドに帰れ」|マイルズ
このような状況に対し、1950年代、マイルズが声を上げます。それが「リッチモンドに帰れ」です。
心理の分析に傾きすぎて、社会的な要因が心理的な要因に比べると軽んじられているのではないか・・・
診断主義と機能主義が論争に明け暮れて、肝心のクライエントが置き去りになっている点を憂いた言葉です。
原点のリッチモンドに帰って、人と社会環境の両方を見るケースワークを取り戻せ・・・そういう原点回帰の主張でした。
「ケースワークは死んだ」|パールマン
パールマンは1957年、問題解決アプローチを体系化しました。診断主義と機能主義、対立していた2つの立場を統合しようとした「4つのP」の人です。
その10年後の1967年。アメリカで貧困が再発見されました。勉強している皆さんこそ、「貧困の再発見」というと、イギリスをイメージしますよね。エイベル=スミスとタウンゼンドの、あの話です。でも実は、同じ1960年代、アメリカでも貧困は「再発見」されていました。
代表は、ハリントンの『もう一つのアメリカ』(1962年)。豊かな社会の中に、見えない貧困が広がっている・・・この告発は大きな反響を呼び、ジョンソン政権の「貧困戦争」につながりました。
ところがケースワークは、この社会問題に力を発揮できていませんでした。個人の心理分析に傾倒している間に、社会には貧困が広がっていたということです。その現状を見たパールマンが書いた論文のタイトルが、「ケースワークは死んだ」でした。ケースワークを見捨てた言葉ではなく、自己批判と、再生への期待を込めた言葉でした。

流れをまとめると
リッチモンドが人と社会環境の両方を見るケースワークを体系化した後に、心理に傾きすぎたことを憂いて、マイルズが「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を求めました。そしてパールマンが4つのPで立て直そうとしたが、それでも社会問題に応えられず、「ケースワークは死んだ」と書いた。・・・スローガンだけ暗記するより、この流れで覚えたほうが、絶対に忘れません。
ここで過去問を整理!
第34回・問題92(相談援助の基盤と専門職)
ソーシャルワークの発展に寄与した代表的な研究者とその理論に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 ホリス(Hollis, F.)は、「状況の中の人」という視点で、心理社会的アプローチを提唱した。
2 トール(Towle, C.)は、「ケースワークは死んだ」という論文を発表し、社会問題へ目を向けることを提唱した。
3 パールマン(Perlman, H.)は、社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱した。
4 ロビンソン(Robinson, V.)は、内的な特徴と外的な特徴を統合させて人間を理解することを提唱した。
5 ハミルトン(Hamilton, G.)は、社会科学とのつながりを意識して、「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を提唱した。
正答 1
1 →〇
2 →× 「ケースワークは死んだ」を発表したのはパールマン
3 →× パールマンの主張ではない。パールマンが発表したのは「ケースワークは死んだ」
4 →× ロビンソンはタフトとともに機能的アプローチを提唱
5 →× 「リッチモンドに帰れ」と述べたのはマイルズ
第35回・問題5(相談援助の基盤と専門職)
リッチモンド(Richmond, M.)の人物と業績に関する次の記述のうち、適切なものを2つ選びなさい。
1 ケースワークの専門職としてニューヨーク慈善組織協会に採用された。
2 ケースワークの体系化に貢献したことから、後に「ケースワークの母」といわれた。
3 社会改良を意味する「卸売的方法」は、個別救済を意味する「小売的方法」の始点であり終点であると位置づけた。
4 『社会診断』において、ケースワークが社会的証拠の探索と収集を重視することに対して、異議を唱えた。
5 『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』において、ケースワークを人間と社会環境との間を調整し、パーソナリティを発達させる諸過程と定義した。
正答 2・5
1 →× リッチモンドが採用されたのはボルティモアの慈善組織協会
2 →〇
3 →× 社会改良(卸売的方法)と個別救済(小売的方法)の関係が入れ替えられている
4 →× 『社会診断』は社会的証拠の探索と収集を重視した書。異議を唱えていない
5 →〇
もっと詳しく知りたい方へ
この記事に出てきた診断主義、機能主義、問題解決アプローチは、それぞれ個別の記事で解説しています。
この記事は「頻出!合格のために必ず覚えておきたい人名シリーズ」の関連記事です。
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