キングスレー館とは?誰が作った?|片山潜と日本人初のセツルメント」

頻出!必ず覚えておきたい人名シリーズ
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キングスレー館は、日本のセツルメントを学ぶときに必ず出てくる施設です。「キングスレー館って、誰が作ったの?」という疑問に、すっきり答えます。

キングスレー館を作ったのは、片山潜

キングスレー館を作ったのは、片山潜(かたやま・せん)です。1897年(明治30年)、東京・神田に設立された、日本人による最初のセツルメント施設です。

片山潜(1859-1933) 出典:Wikimedia Commons(パブリック・ドメイン)

「キングスレー」という名前は、イギリスのキリスト教社会主義者チャールズ・キングスレーに由来します。片山潜がキリスト教の影響を強く受けていたことが、施設の名前にも表れています。

皿洗いからセツルメントへ

片山潜は岡山の生まれ。現在の岡山大学教育学部にあたる学校に入学しますが、退学して上京し、その後アメリカ合衆国へわたります。「アメリカは貧乏でもやる気さえあれば勉強できる場所だ」と言われたのが理由だというのですから、すごい行動力です。

アメリカでは、皿洗い。住み込みのコック。働きながらキリスト教会に通い、洗礼を受け、西洋古典学の学位を修めて帰国しました。牧師になりたかったようですが、その夢はかないませんでした。

しかしセツルメント運動に共感し、宣教師の支援を受けながら、友人とともに神田の自宅を改良して開いたのが、キングスレー館です。幼稚園や夜学校など、地域の人々のための活動を行いました。片山潜はその後、労働運動・社会主義運動に深く関わっていき、晩年はソ連で活動して、モスクワで亡くなっています。遺骨はクレムリンの壁に葬られました。神田のセツルメントから、赤の広場へ・・・日本の福祉人名の中でも、かなり劇的な人生です。

「岡山」に気をつけて

ここで、整理しておきたいことがあります。この時代の日本の福祉史には、「岡山」が3回出てくるのです。

片山潜は、岡山の出身。でも、作ったのは東京・神田のキングスレー館。
石井十次が岡山に作ったのは、岡山孤児院。これは孤児のための施設で、セツルメントではありません。
アリス・ペティー・アダムスが岡山に作ったのが、岡山博愛会。日本最初のセツルメントです。

日本初のセツルメント アリス・ペティー・アダムス
日本人初のセツルメント 片山潜  
整理しましょう

*一つ注意してほしい点を追記しておきます。教科書や資料によっては「日本最初のセツルメントはキングスレー館」とする記述もあります。岡山博愛会を萌芽的なものと見て、本格的なセツルメントとしてはキングスレー館を起点とする解釈もあるということは理解しておきましょう。

ここで過去問を整理!

第33回・問題94(相談援助の基盤と専門職)

19世紀末から20世紀初頭のセツルメント活動に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。

1 バーネット(Barnett, S.)が創設したトインビーホールは、イギリスにおけるセツルメント活動の拠点となった。
2 コイト(Coit, S.)が創設したハル・ハウスは、アメリカにおけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。
3 石井十次が創設した東京神田のキングスレー館は、日本におけるセツルメント活動の萌芽となった。
4 アダムス(Addams, J.)が創設したネイバーフッド・ギルドは、アメリカにおける最初のセツルメントであった。
5 片山潜が創設した岡山孤児院は、日本におけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。

正答 1

1 →〇
2 →× コイトが創設したのはネイバーフッド・ギルド。ハル・ハウスはアダムス
3 →× 石井十次が創設したのは岡山孤児院。キングスレー館は片山潜
4 →× アダムスが創設したのはハル・ハウス。ネイバーフッド・ギルドはコイト
5 →× 片山潜が創設したのはキングスレー館。岡山孤児院は石井十次

もっと詳しく知りたい方へ

セツルメント運動に関わった人物は、片山潜のほかにもいます。トインビーホールのバーネット夫妻、ハルハウスのジェーン・アダムスなど、代表的な人物を6人まとめた記事もあります。あわせてどうぞ。

【頻出!人名シリーズ①】セツルメント関連6人を覚えよう|トインビーホール・ハルハウス 
セツルメントに関連する人、キーワードを簡潔にまとめてあります。画像もありますからきっと記憶に残りますよ。10分だけ頑張りましょう。

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