診断主義と機能主義はなぜ対立した?|統合までの流れを年表で整理

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ソーシャルワーク
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診断主義と機能主義の歴史

語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか。歴史は、いつ起きたかだけでなく、どのような背景で、どのような内容だったかを覚えていないと解けません。時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。

歴史の勉強の仕方についての記事はこちら
→歴史の勉強の仕方

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今回のテーマは診断主義と機能主義の流れ

ケースワークの歴史のうち、診断主義と機能主義の流れを確認します。この流れの中心は、1917年のリッチモンド『社会診断』、1920年代の診断主義、1930年代の機能主義、1957年のパールマン、1964年のホリスです。

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まず、大きな流れを確認します

アプローチは思いつきでバラバラに生まれたものではありません。先にあった考え方への反発として次の考え方が出てくる。その繰り返しで増えてきました。この流れを確認すると、個々のアプローチが「誰への反発として出てきたのか」という位置づけで整理できます。

1917年、リッチモンドが『社会診断』で、ケースワークを医学の診断・治療になぞらえた「治療モデル」として体系化しました。この考え方を受け継いだのが診断主義学派です。

一方、1930年代、これに対抗する形で登場したのが機能主義学派でした。ここから、長く続く論争が始まります。

そしてこの対立を受けて、診断主義の流れからはホリスが、両学派を折衷する形でパールマンが登場します。

関係は次の図のとおりです。

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治療モデル|すべての源流

リッチモンドは、著書『社会診断』(1917年)で、ケースワークをインテーク→調査→社会診断→処遇(社会的治療)という一連の過程として体系化しました。「ケースワークの母」と呼ばれています。

この治療モデル(医学モデル)は、医師が患者を治療するように、問題の原因を特定して解決を目指すという考え方で、後の診断主義学派の土台になっています。

リッチモンドには「〇〇アプローチ」という名前がついていません。名前がつくのは、この後の対立が始まってからです。

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診断主義学派と機能主義学派、何が違うのか

1920年代、リッチモンドの流れを受け継いだ診断主義学派は、フロイトの精神分析を取り入れ、クライエントの問題は個人の精神内界(パーソナリティ)に起因すると考えました。援助者が能動的に働きかけ、過去の原因を突き止めて治療する、という援助者中心・医学モデルの発想です。ハミルトン、トール、ギャレットらが理論化しました。

これに対し1930年代、精神分析家オットー・ランクの「意志心理学」を基礎に、タフトやロビンソンらが機能主義学派を打ち立てます。特徴は、クライエント自身の自己決定を尊重し、援助者はクライエントが本来持つ成長の力を発揮できるよう、その障害を取り除くことに徹する、という利用者中心の発想です。

また、診断主義が過去の原因を掘り下げるのに対し、機能主義は「今」に注目します。クライエントが所属機関のサービスや制度を、自分の力でどう活用していけるかを、援助者と一緒に確認していく。つまり、機関が持つ機能そのものが、クライエントの成長を支える道具になる、という発想です。

両者の違いは次のとおりです。

診断主義=援助者が過去の原因を診断・治療する
機能主義=クライエント自身の意志を尊重し、今この機関の機能をどう活用できるかを一緒に考える

診断主義は過去の原因に、機能主義は今この機関の機能に注目します。

なお、機能主義はその後、1960年代にスモーリーが継承し、機関の機能を重視する方法論として整理しています。

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心理社会的アプローチ|診断主義を受け継いだ流れ

ホリスは、診断主義学派の流れを汲む発展として、心理社会的アプローチを確立しました。主著は『ケースワーク—心理社会療法』(1964年)です。

キーワードは「状況の中の人」です。ホリスは、診断主義の流れを受け継いだ人です。詳しい内容は、個別の記事にまとめています。

心理社会的アプローチについての記事はこちら
→心理社会的アプローチ(ホリス)|「状況の中の人」とは?3つの相互関連性

問題解決アプローチ|両派を折衷した流れ

診断主義学派と機能主義学派の対立が激しくなる中、パールマンは診断主義の立場に立ちながら機能主義の考え方も取り入れ、両者を折衷した問題解決アプローチを提唱しました。『ソーシャル・ケースワーク—問題解決の過程』(1957年)です。

キーワードは「4つのP」と「ワーカビリティ」。こちらも個別の記事にまとめています。

問題解決アプローチについての記事はこちら
→問題解決アプローチ(パールマン)|4つのPとワーカビリティ(MCOモデル)

1960年代、アメリカでハリントンらによって貧困が「再発見」されると、ケースワークは貧困問題に対応できていないという批判を受けます。実際に効果を測定した調査でも、十分な効果が確認できませんでした。リッチモンドが本来目指していた「社会関係の改善」という視点を忘れ、個人の心理面ばかりに偏っているのではないか、という反省もありました。

こうした状況を受けて、パールマンは1967年に「ケースワークは死んだ」を発表し、ケースワークへの批判を受け止めて、その限界と存在意義を問い直しました。

ただしこれは、単なる絶望ではありません。ケースワークの存在意義を問い直し、再生への期待を込めたものだったとされています。折衷を提示した10年後に、自分で体系化した方法を問い直しました。

そして、統合へ

この対立と折衷が一段落した1970年、バートレットは「そもそもソーシャルワークとは何か」という、まったく別の角度から問いを立てました。ケースワーク・グループワーク・コミュニティワークに共通する土台を「価値・知識・介入」として整理したのが『社会福祉実践の共通基盤』です。

これは流れの中の話ではなく、流れの外から土台を問い直した話なので、別記事にまとめました。

ソーシャルワーク実践の共通基盤についての記事はこちら
→ソーシャルワーク実践の共通基盤(バートレット)|価値・知識・介入

すっきり整理 診断主義と機能主義の年表

年 できごと キーワード 1917 リッチモンド『社会診断』 ケースワークの母、治療モデル 1920年代 診断主義学派(ハミルトンら) 精神分析、過去の原因 1930年代 機能主義学派(タフトら) 意志心理学、自己決定、「今」 1957 パールマン『問題解決の過程』 両派の折衷、4つのP 1960年代 スモーリーが機能主義を継承 機関の機能を重視 1964 ホリス『心理社会療法』 状況の中の人 1967 パールマン「ケースワークは死んだ」 貧困の再発見を受けた自己批判 1970 バートレット『共通基盤』 価値・知識・介入 各理論の発表年をもとに著者が作成した図です。無断転載・複製はご遠慮ください。

年表のとおり、診断主義の約10年後に機能主義が出てきて、対立が始まりました。パールマンが折衷を提示した10年後に、「ケースワークは死んだ」と表現しました。

国家試験では、診断主義と機能主義の流れについて次のように出題されました。
○「タフト(Taft, J.)ら機能主義学派は、ソーシャルワーカーが所属する機関の機能に着目し、機関におけるソーシャルワーカーの役割を重視した。」(第32回問題101)
×「ランク(Rank, O.)の意志療法は、利用者の過去に着目し、利用者のパーソナリティの構造や自我の働きを捉える診断主義学派の礎となった。」(第32回問題101)→ランクの意志療法は、診断主義学派ではなく、機能主義学派の礎です。
×「ホリス(Hollis, F.)の心理社会的アプローチは、診断主義学派と機能主義学派、両アプローチの折衷アプローチであり、両学派の統合を試みた。」(第32回問題101)→両学派の折衷を試みたのは、ホリスではなくパールマンです。
×「パールマン(Perlman, H.)の問題解決アプローチは、精神分析や自我心理学の理論を否定し、人・状況・その双方の関連性においてケースワークを捉えた。」(第32回問題101)→パールマンは、精神分析や自我心理学を否定せず、それを土台に機能主義の考え方を取り入れました。
×「トール(Towle, C.)は、「ケースワークは死んだ」という論文を発表し、社会問題へ目を向けることを提唱した。」(第34回問題92)→「ケースワークは死んだ」を発表したのは、トールではなくパールマンです。
×「ハミルトン(Hamilton, G.)は、社会科学とのつながりを意識して、「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を提唱した。」(第34回問題92)→「リッチモンドに帰れ」は、ハミルトンではなくマイルズの言葉です。

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各アプローチの記事はこちら

リッチモンドから始まり、フロイトの理論を取り入れて体系化したハミルトンやトール、視点を変えようとしたタフトやロビンソン、衝突する考え方をまとめようとしたパールマン、そして人と状況の相互作用に着目したホリス。

各アプローチの順番についての記事はこちら
→相談援助のアプローチを読む順番

ソーシャルワークの形成過程の一問一答についての記事はこちら
→ソーシャルワークの形成過程の一問一答(31問)|COSとセツルメント・ケースワークの成立と統合化・人物

ほかの分野の歴史の記事はこちら
→歴史の記事マップ

過去問を解いてみましょう

第32回問題101

ソーシャルワーク実践理論の基礎に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。

1 ランク(Rank, O.)の意志療法は、利用者の過去に着目し、利用者のパーソナリティの構造や自我の働きを捉える診断主義学派の礎となった。
2 ロス(Ross, M.)のコミュニティ・オーガニゼーション説は、地域における団体間調整の方法としてのインターグループワークを提唱した。
3 ホリス(Hollis, F.)の心理社会的アプローチは、診断主義学派と機能主義学派、両アプローチの折衷アプローチであり、両学派の統合を試みた。
4 タフト(Taft, J.)ら機能主義学派は、ソーシャルワーカーが所属する機関の機能に着目し、機関におけるソーシャルワーカーの役割を重視した。
5 パールマン(Perlman, H.)の問題解決アプローチは、精神分析や自我心理学の理論を否定し、人・状況・その双方の関連性においてケースワークを捉えた。

解説

1→× ランクの意志療法は、機能主義学派の礎です。
2→× インターグループワークを提唱したのは、ニューステッターです。ロスは、住民の参加と組織化を重視する地域組織化説を示しました。
3→× ホリスの心理社会的アプローチは、診断主義の流れをくむアプローチです。両学派の折衷を試みたのは、パールマンです。
4→○ 機能主義学派の説明です。
5→× パールマンの問題解決アプローチは、自我心理学などの理論を取り入れ、診断主義と機能主義を折衷したものです。

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第34回問題92

ソーシャルワークの発展に寄与した代表的な研究者とその理論に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。

1 ホリス(Hollis, F.)は、「状況の中の人」という視点で、心理社会的アプローチを提唱した。
2 トール(Towle, C.)は、「ケースワークは死んだ」という論文を発表し、社会問題へ目を向けることを提唱した。
3 パールマン(Perlman, H.)は、社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱した。
4 ロビンソン(Robinson, V.)は、内的な特徴と外的な特徴を統合させて人間を理解することを提唱した。
5 ハミルトン(Hamilton, G.)は、社会科学とのつながりを意識して、「リッチモンドに帰れ」と原点回帰を提唱した。

解説

1→○ ホリスは「状況の中の人」の視点から、人を状況との相互作用の枠組みで理解しようとしました。伝統的な診断主義の流れをくむ心理社会的アプローチを提唱しました。
2→× 「ケースワークは死んだ」という論文を発表したのはパールマンです。トールは『コモン・ヒューマン・ニーズ』を著し、ケースワークと公的扶助との関係を論じました。
3→× 社会的要因が心理的要因に従属させられていると指摘し、両者の再統合を提唱したのは、パールマンではなくマイルズです。パールマンは『ソーシャル・ケースワーク――問題解決の過程』を著し、問題解決アプローチを示しました。問題解決の過程は、4つのP(Person、Problem、Place、Process)から構成されると考えました。
4→× ロビンソンは、ランクの成長の心理学を基盤に、機能主義学派の立場からケースワークの体系化に貢献しました。
5→× 社会科学とのつながりを求めて「リッチモンドに帰れ」と言ったのはマイルズです。ハミルトンは、診断主義としてのケースワーク理論の体系化に寄与しました。

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