「相談援助のアプローチ」は、参考書を開くと十数個がずらりと並んでいます。心理社会的、機能的、問題解決、課題中心、危機介入、行動変容・・・。それぞれを暗記しようとしていませんか。
アプローチは思いつきでバラバラに生まれたものではありません。先にあった考え方に「それは違うんじゃないか」と反発する形で、次の考え方が出てくる。その繰り返しで増えてきました。つまり、アプローチにも歴史があるのです。
今日は、個々の中身ではなく「対立と、その後の統合」という流れだけを追いかけます。ここが頭に入っていると、シリーズの各記事が「誰への反発として出てきたのか」という位置つきで読めるようになります。
まず、大きな流れを確認します
1917年、リッチモンドが『社会診断』で、ケースワークを医学の診断・治療になぞらえた「治療モデル」として体系化しました。この考え方を受け継いだのが診断主義学派です。
一方、1930年代、これに対抗する形で登場したのが機能主義学派でした。ここから、長く続く論争が始まります。
そしてこの対立を受けて、診断主義の流れからはホリスが、両学派を折衷する形でパールマンが登場します。
今日、覚えてほしいのは以下の関係図です。

治療モデル|すべての源流
リッチモンドは、著書『社会診断』(1917年)で、ケースワークをインテーク→調査→社会診断→処遇(社会的治療)という一連の過程として体系化しました。「ケースワークの母」と呼ばれています。
この治療モデル(医学モデル)は、医師が患者を治療するように、問題の原因を特定して解決を目指すという考え方で、後の診断主義学派の土台になっています。
ポイントは、リッチモンドには「〇〇アプローチ」という名前がついていない、ということ。名前がつくのは、この後の対立が始まってからです。
診断主義学派と機能主義学派、何が違うのか
1920年代、リッチモンドの流れを受け継いだ診断主義学派は、フロイトの精神分析を取り入れ、クライエントの問題は個人の精神内界(パーソナリティ)に起因すると考えました。援助者が能動的に働きかけ、過去の原因を突き止めて治療する、という援助者中心・医学モデルの発想です。ハミルトン、トール、ギャレットらが理論化しました。
これに対し1930年代、精神分析家オットー・ランクの「意志心理学」を基礎に、タフトやロビンソンらが機能主義学派を打ち立てます。特徴は、クライエント自身の自己決定を尊重し、援助者はクライエントが本来持つ成長の力を発揮できるよう、その障害を取り除くことに徹する、という利用者中心の発想です。
また、診断主義が過去の原因を掘り下げるのに対し、機能主義は「今」に注目します。クライエントが所属機関のサービスや制度を、自分の力でどう活用していけるかを、援助者と一緒に確認していく。つまり、機関が持つ機能そのものが、クライエントの成長を支える道具になる、という発想です。
ポイントは、診断主義=援助者が過去の原因を診断・治療する、機能主義=クライエント自身の意志を尊重し、今この機関の機能をどう活用できるかを一緒に考える、という対比だということ。
なお、機能主義はその後、1960年代にスモーリーが継承し、機関の機能を重視する方法論として整理しています。
心理社会的アプローチ|診断主義を受け継いだ流れ
ホリスは、診断主義学派の流れを汲む発展として、心理社会的アプローチを確立しました。主著は『ケースワーク—心理社会療法』(1964年)です。
キーワードは「状況の中の人」。詳しい中身は個別の記事にありますので、ここではホリスは診断主
義の側の人、という位置づけだけ押さえてください。
問題解決アプローチ|両派を折衷した流れ
診断主義学派と機能主義学派の対立が激しくなる中、パールマンは診断主義の立場に立ちながら機能主義の考え方も取り入れ、両者を折衷した問題解決アプローチを提唱しました。『ソーシャル・ケースワーク—問題解決の過程』(1957年)です。
キーワードは「4つのP」と「ワーカビリティ」。こちらも中身は個別の記事に譲ります。
ここで、この記事でしか出てこない話をひとつ。
1960年代、タウンゼントらの「貧困の再発見」が起こると、ケースワークは貧困問題に対応できていないという批判を受けます。実際に効果を測定した調査でも、十分な効果が確認できませんでした。リッチモンドが本来目指していた「社会関係の改善」という視点を忘れ、個人の心理面ばかりに偏っているのではないか・・・という反省もありました。
こうした状況を受けて、パールマン自身が1967年の論文で「ケースワークは死んだ」と書きます。自分が体系化した方法を、自分で否定したわけです。
ただしこれは、単なる絶望ではありません。ケースワークの存在意義を問い直し、再生への期待を込めたものだったとされています。折衷を成し遂げた10年後に、その足元を自分で掘り返した。ここが、この人の面白いところだと思います。
そして、統合へ
この対立と折衷が一段落した1970年、バートレットは「そもそもソーシャルワークとは何か」という、まったく別の角度から問いを立てました。ケースワーク・グループワーク・コミュニティワークに共通する土台を「価値・知識・介入」として整理したのが『社会福祉実践の共通基盤』です。
これは系譜の中の話ではなく、系譜の外から土台を問い直した話なので、別記事にまとめました。
年表で確認しましょう
| 年 | できごと | キーワード |
|---|---|---|
| 1917 | リッチモンド『社会診断』 | ケースワークの母/治療モデル |
| 1920年代 | 診断主義学派(ハミルトン・トール・ギャレット) | フロイトの精神分析/過去の原因 |
| 1930年代 | 機能主義学派(タフト・ロビンソン) | ランクの意志心理学/自己決定・「今」 |
| 1957 | パールマン『ソーシャル・ケースワーク—問題解決の過程』 | 両派を折衷/4つのP・ワーカビリティ |
| 1960年代 | スモーリーが機能主義を継承 | 機関の機能を重視 |
| 1964 | ホリス『ケースワーク—心理社会療法』 | 状況の中の人/診断主義の流れ |
| 1967 | パールマン「ケースワークは死んだ」 | 貧困の再発見を受けた自己批判 |
| 1970 | バートレット『社会福祉実践の共通基盤』 | 価値・知識・介入 |
並べてみると、診断主義ののち、10年後に機能主義が出てきて対立がはじまります。そしてパールマンが折衷を提示してから、その10年後に「ケースワークは死んだ」と表現するに至ったことがわかりますね。
ここで過去問
第32回・問101(相談援助の理論と方法)から、選択肢の一部を抜粋します。
3 ホリス(Hollis, F.)の心理社会的アプローチは、診断主義学派と機能主義学派、両アプローチの折衷アプローチであり、両学派の統合を試みた。
→×折衷しようとしたのはパールマンです
4 タフト(Taft, J.)ら機能主義学派は、ソーシャルワーカーが所属する機関の機能に着目し、機関におけるソーシャルワーカーの役割を重視した。
→〇
5 パールマン(Perlman, H.)の問題解決アプローチは、精神分析や自我心理学の理論を否定し、人・状況・その双方の関連性においてケースワークを捉えた。
→×ホリスの心理社会的アプローチのことですね
今日のまとめ
リッチモンドから始まり、フロイトの理論を取り入れて体系化したハミルトンやトール、視点を変えようとしたタフトやロビンソン、衝突する考え方をまとめようとしたパールマン、そして人と状況の相互作用に着目したホリス。
アプローチ名というより「流れ」の確認ですね。
この流れが頭に入っていれば、これから読むひとつひとつのアプローチが、1本の線の上に並んで見えてきます。バラバラの十数個ではなく、順番のある十数個になる、ということです。
この記事は「頻出!相談援助のアプローチシリーズ」の一つです。
各アプローチの中身は、こちらからどうぞ。→頻出!相談援助のアプローチシリーズ


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