日本の福祉の歴史④|福祉三法から福祉元年・オイルショックまで

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日本の福祉の歴史④|福祉三法から福祉元年・オイルショックまで 社会福祉の原理と政策
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日本の福祉の歴史シリーズ

語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか。法律は、いつできたかではなく、どのような背景で、どのような内容だったかを覚えていないと解けません。時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。

日本の歴史は全6回です。
→①明治期|恤救規則と慈善事業家たち
→②大正期|済世顧問制度・米騒動・方面委員制度
→③昭和戦前|救護法から戦時厚生事業まで
→日本の福祉の歴史④|福祉三法から福祉元年・オイルショックまで(この記事)
→⑤福祉見直し論|新経済社会7カ年計画と日本型福祉社会
→⑥ゴールドプラン・福祉八法改正から基礎構造改革へ

歴史の勉強の仕方についての記事はこちら
→歴史の勉強の仕方

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今回のテーマは戦後からオイルショックまで

日本の福祉の歴史、第4回は戦後からオイルショックまでです。この時代の中心は、福祉三法・福祉六法の制定、1961年の国民皆保険・皆年金、1973年の福祉元年です。

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占領下の緊急対応

敗戦直後の日本には、戦災孤児や引揚者、失業者が多数いました。

そこで、1945年(昭和20年)12月、GHQの指令(SCAPIN404号)を受けて、政府は生活困窮者緊急生活援護要綱を閣議決定します。対象は、戦災者、引揚者、失業者とその家族を含む生活困窮者全般で、失業者も対象から除外されていません。宿泊や給食などの現物給付、生業のあっせんなどを、都道府県の計画に基づいて市町村単位で実施する仕組みでした。この要綱は、1946年の旧生活保護法の制定によって廃止されます。

国家試験では、次のように出題されました。
×「1945年(昭和20年)に閣議決定された生活困窮者緊急生活援護要綱において、失業者は生活援護の対象から外された。」(第38回問題97)→失業者も対象に含まれていました。

さらにGHQの統治のもとで、1946年(昭和21年)に旧生活保護法が制定されます。ただしこの法律には、勤労を怠る者などを保護の対象から除外する欠格条項がありました。救護法と同様に保護の対象を限定した、応急的な性格の強い法律でした。

国家試験では、次のように出題されました。
×「1946年(昭和21年)に制定された旧生活保護法において、素行不良な者は保護をなさないとする欠格条項は撤廃された。」(第38回問題97)→旧生活保護法には欠格条項があり、これがなくなるのは1950年の生活保護法です。
×「(新)生活保護法(1950年(昭和25年))は、素行不良な者等を保護の対象から除外する欠格条項を有していた。」(第35回問題26)→欠格条項があったのは、その前の旧生活保護法です。

同じ1946年には日本国憲法が公布され、第25条に生存権が規定されます。福祉の仕組みは、この生存権の理念を受けて組み立て直されました。

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福祉三法体制

生存権を土台に、戦後の福祉法制は3つの法律から始まりました。

1947年(昭和22年)の児童福祉法です。戦災孤児の保護にとどまらず、すべての児童の健全育成を目的とする法律でした。

1949年(昭和24年)に身体障害者福祉法が制定されます。対象は身体障害者で、すべての障害者を対象とする法律ではありませんでした。

1950年(昭和25年)、欠格条項を撤廃した生活保護法が制定され、保護請求権と不服申立ての権利が明記されました。救護法にはなかった権利が、この法律で確立しました。申請保護の原則が明記されたのも、この法律です。

この3つの法律を合わせて福祉三法体制と呼びます。

国家試験では、次のように出題されました。
×「児童福祉法(1947年(昭和22年))は、戦災によって保護者等を失った満18歳未満の者(戦災孤児)にその対象を限定していた。」(第35回問題26)→戦災孤児に限らず、すべての児童が対象です。
×「身体障害者福祉法(1949年(昭和24年))は、障害の種別を問わず全ての障害者を対象とし、その福祉の施策の基本となる事項を規定する法律と位置づけられていた。」(第35回問題26)→対象は身体障害者です。
○「1950年(昭和25年)に制定された生活保護法において、申請保護の原則が明記された。」(第38回問題97)

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高度経済成長と制度の拡大

国民皆保険・皆年金(1961年)

高度経済成長のただ中、1958年(昭和33年)に国民健康保険法が全面改正され、1959年(昭和34年)に国民年金法が制定されました。そして1961年(昭和36年)、すべての国民が公的医療保険と公的年金でカバーされる国民皆保険・皆年金が実現します。各種の医療保険制度はそのまま残り、職域の保険と地域の保険に分かれたまま、すべての国民がいずれかに加入する形になりました。

国家試験では、次のように出題されました。
×「1961年(昭和36年)に達成された国民皆保険により、各種の医療保険制度は国民健康保険制度に統合された。」(第34回問題49)→各種の医療保険制度は統合されず、職域の保険と地域の保険に分かれたままでした。

福祉六法体制

経済成長とともに、福祉三法だけではカバーしきれない領域が広がっていきました。1960年(昭和35年)に精神薄弱者福祉法(現在の知的障害者福祉法)、1963年(昭和38年)に老人福祉法、1964年(昭和39年)に母子福祉法が制定され、福祉三法と合わせて福祉六法体制が整いました。

老人福祉法は、特別養護老人ホームを含む老人福祉施設を法定化した法律で、対象は老人一般でした。母子福祉法は、当初は妻と離死別した夫が児童を扶養する家庭、いわゆる父子家庭を対象外としていました。

国家試験では、次のように出題されました。
×「老人福祉法(1963年(昭和38年))は、介護を必要とする老人にその対象を限定していた。」(第35回問題26)→対象は老人一般です。
○「母子福祉法(1964年(昭和39年))は、妻と離死別した夫が児童を扶養している家庭(父子家庭)を、その対象外としていた。」(第35回問題26)

福祉元年(1973年)

高度経済成長の総仕上げとして、1973年(昭和48年)は福祉元年と呼ばれます。この年に実現したのは次の3つです。

①老人福祉法の改正によって、70歳以上の高齢者の医療費の自己負担分が無料になりました。
②高額療養費制度が創設されました。
③年金の給付水準が大幅に引き上げられ、物価スライド制が導入されました。

ところが、この福祉元年と同じ1973年10月、第一次石油危機(オイルショック)が起こり、高度経済成長は終わりました。

国家試験では、次のように出題されました。
○「1973年(昭和48年)に、国の制度として老人医療費の無料化が行われた。」(第34回問題49)→1973年の福祉元年です。
×「1982年(昭和57年)に制定された老人保健法により、高額療養費制度が創設された。」(第34回問題49)→高額療養費制度の創設は1973年です。老人保健法の制定は1982年で、老人医療費の無料化を見直したものです。

すっきり整理 戦後から福祉元年までの年表

戦後から福祉元年までの年表 年 できごと 1946年(昭和21年) 旧生活保護法の制定、日本国憲法の公布 1947年(昭和22年) 児童福祉法の制定 1949年(昭和24年) 身体障害者福祉法の制定 1950年(昭和25年) 生活保護法の制定(欠格条項の撤廃、保護請求権) 1960年(昭和35年) 精神薄弱者福祉法の制定 1961年(昭和36年) 国民皆保険・皆年金の実現 1963年(昭和38年) 老人福祉法の制定 1964年(昭和39年) 母子福祉法の制定 1973年(昭和48年) 福祉元年、第一次オイルショック 各制度の内容をもとに著者が作成した図です。無断転載・複製はご遠慮ください。
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次回は福祉見直し論です

次回はオイルショック後の福祉見直し論、新経済社会7カ年計画と日本型福祉社会の時代です。
→日本の福祉の歴史⑤福祉見直し論

ほかの分野の歴史の記事はこちら
→歴史の記事マップ

過去問を解いてみましょう

第35回 現代社会と福祉 問題26

福祉六法の制定時点の対象に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。

1 児童福祉法(1947年(昭和22年))は、戦災によって保護者等を失った満18歳未満の者(戦災孤児)にその対象を限定していた。
2 身体障害者福祉法(1949年(昭和24年))は、障害の種別を問わず全ての障害者を対象とし、その福祉の施策の基本となる事項を規定する法律と位置づけられていた。
3 (新)生活保護法(1950年(昭和25年))は、素行不良な者等を保護の対象から除外する欠格条項を有していた。
4 老人福祉法(1963年(昭和38年))は、介護を必要とする老人にその対象を限定していた。
5 母子福祉法(1964年(昭和39年))は、妻と離死別した夫が児童を扶養している家庭(父子家庭)を、その対象外としていた。

解説

1→× 児童福祉法は戦災孤児に限らず、すべての児童を対象とする法律として制定されました。
2→× 身体障害者福祉法の対象は身体障害者です。すべての障害者を対象とする法律ではありません。
3→× 欠格条項があったのは、その前の旧生活保護法です。
4→× 老人福祉法の対象は老人一般です。介護を必要とする老人に限られていません。
5→○ 母子福祉法は制定当初、父子家庭を対象に含んでいませんでした。

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第38回 貧困に対する支援 問題97

我が国の貧困問題に対する制度に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。

1 1874年(明治7年)に制定された恤救規則は、救護の種類に生活扶助を明記した我が国では初めての貧困対策であった。
2 1929年(昭和4年)に成立した救護法において、世界恐慌の影響から失業者が救済対象と明記された。
3 1945年(昭和20年)に閣議決定された生活困窮者緊急生活援護要綱において、失業者は生活援護の対象から外された。
4 1946年(昭和21年)に制定された旧生活保護法において、素行不良な者は保護をなさないとする欠格条項は撤廃された。
5 1950年(昭和25年)に制定された生活保護法において、申請保護の原則が明記された。

解説

1→× 救護の種類として生活扶助などを定めたのは救護法です。恤救規則の給付は米代としての金銭でした。
2→× 救護法の対象は、65歳以上の老衰者、13歳以下の幼者、妊産婦、傷病や障害で労務が困難な者です。失業者は入っていません。
3→× 生活困窮者緊急生活援護要綱は、失業者も対象に含めています。
4→× 旧生活保護法には欠格条項がありました。これがなくなるのは1950年の生活保護法です。
5→○ 1950年の生活保護法で申請保護の原則が明記されました。

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第34回 社会保障 問題49

日本の医療保険制度と介護保険制度などの歴史的展開に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。

1 第二次世界大戦後の1954年(昭和29年)に、健康保険制度が創設された。
2 1961年(昭和36年)に達成された国民皆保険により、各種の医療保険制度は国民健康保険制度に統合された。
3 1973年(昭和48年)に、国の制度として老人医療費の無料化が行われた。
4 1982年(昭和57年)に制定された老人保健法により、高額療養費制度が創設された。
5 2000年(平成12年)に、介護保険制度と後期高齢者医療制度が同時に創設された。

解説

1→× 健康保険法の制定は1922年(大正11年)です。
2→× 国民皆保険の実現後も、職域の保険と地域の保険は分かれたままです。国民健康保険に統合されていません。
3→○ 1973年の福祉元年に、国の制度として老人医療費が無料になりました。
4→× 高額療養費制度が創設されたのも1973年です。老人保健法の制定は1982年で、老人医療費の無料化を見直したものです。
5→× 介護保険制度の施行は2000年、後期高齢者医療制度の施行は2008年です。

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