社会福祉の原理と政策の一問一答30問|ニード・準市場・福祉政策の学説と人物

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一問一答
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市場の失敗とラショニング

1 市場のメカニズムを用いずに資源を供給し、調整していくことを市場の失敗という。

× これはラショニング(割当)の説明です。市場の失敗とは、資源の配分を市場のメカニズムに任せると効率的な配分が達成されない状態をいいます。福祉サービスでは、利用者がサービスの内容や質を事前に判断しにくい情報の非対称性があるため、市場の失敗が起こりやすいとされます。

2 ラショニングとは、需要が供給を上回るときに、市場メカニズムを用いずにサービスの配分を決めることをいう。

○ 福祉サービスは、価格を上げ下げして需要を調整する仕組みになっていません。そのため、受給の資格を定める、優先順位をつけて待機させる、一人あたりのサービス量を抑える、予算の枠で供給できる量を決める、といった方法で配分します。

3 福祉サービスの分野で市場の失敗が生じる場合には、政府の関与を減らし、市場の競争に委ねる必要がある。

× 市場の失敗が生じるからこそ、政府が資源の配分に関わる必要があります。福祉サービスは、利用する前に質を判断することが難しく、採算の取りにくい地域や対象には供給されません。市場に任せると、必要とする人にサービスが行き渡らないことになります。そこで政府が、制度をつくり、財源を用意し、供給する量や質の基準を定めて配分します。

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ニードの分類

4 三浦文夫は、ニードを貨幣的ニードと非貨幣的ニードに分け、非貨幣的ニードの増大に対応するためには現金給付を中心とした施策が必要であると述べた。

× 非貨幣的ニードは、金銭の給付では満たせないニードです。介護や保育のように、人が関わるサービスを供給することで満たされます。三浦文夫は、高度経済成長を経て貨幣的ニードが相対的に減り、非貨幣的ニードが増大したことから、対人サービスの供給体制を整える必要があると述べました。

5 表明されたニードは、すべて顕在的ニードである。

○ 表明されたニードは、本人が自覚したニードを要求として外に出したものです。要求として表に出ているため、顕在的ニードにあたります。

6 ブラッドショーの規範的ニードは、本人から見ると潜在的ニードになりうる。

○ 規範的ニードは、専門職や行政が基準に照らして判断するニードです。基準から見てニードがあると判断されても、本人がそれを自覚していなければ、本人の側から見れば潜在的ニードです。

7 コンパラティブ・ニードは、本人が自覚しているニードである。

× コンパラティブ・ニード(比較ニード)は、同じような特性をもつ他の人や他の地域が受けているサービスと比べることで判断されるニードです。本人が自覚しているかどうかとは関係がありません。本人が自覚しているニードは、感得されたニードです。

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資源配分の原則と準市場

8 必要原則とは、サービスでニーズを満たすことが必要であると判断された場合に、納税や貢献の度合いに応じて必要な資源を分配する考え方である。

× 納税や貢献の度合いに応じて配分するのは貢献原則です。必要原則は、必要の度合いに応じて資源を配分する考え方をいいます。生活保護は必要原則に立っており、年金や医療保険の給付には保険料の拠出に応じる貢献原則の要素があります。

9 準市場とは、サービスにかかる費用を民間企業に負担させ、運営の一部を民間に任せる仕組みのことである。

× 費用は公費で負担したままです。準市場は、財源を公費で確保しつつ、サービスを供給する側に営利企業や非営利法人を参入させて競争させ、利用者に選ぶことを認める仕組みをいいます。ル・グランらが示した考え方で、日本では介護保険制度が例として挙げられます。

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就労と福祉をめぐる考え方

10 ポジティブ・ウェルフェアとは、ケインズが提唱したものであり、福祉から就労を目指す考え方である。

× ポジティブ・ウェルフェア(積極的福祉)を示したのはギデンズです。『第三の道』で、所得を事後的に保障するだけでなく、教育や職業訓練によって人に投資し、リスクに対応する力を高めることを主張しました。この考え方に基づく国家像を社会投資国家といいます。ケインズは有効需要の理論を示した経済学者です。

11 アンペイドワークとは、貧困状態から抜け出せず、収入が十分でない仕事でもやらざるを得ない状況のことを指す。

× これはワーキングプアの説明です。働いているのに収入が貧困線を下回る状態をいいます。アンペイドワークは、家事、育児、介護、ボランティアのように市場で対価が支払われない労働を指し、無償労働と訳されます。女性が担う割合が高いことが問題として論じられてきました。

12 ワークフェアとは、給付を受けるための条件として、就労や職業訓練への参加を求める考え方である。

○ アメリカが1996年の福祉改革でAFDCをTANFに変え、受給に就労を条件づけて受給期間に上限を設けたこと、イギリスのブレア政権が1998年に始めたニューディールで若年失業者や長期失業者に就労支援プログラムへの参加を求めたことが例です。受給者を労働市場に戻すことを目的としますが、受給者が条件の悪い仕事でも受け入れざるを得なくなるという批判があります。

13 フリードマンは、所得が一定の水準に届かない人に対して、不足分に応じて給付を行う負の所得税を提唱した。

○ 所得が基準に届かない人は、税を納めるのではなく給付を受けることになります。所得税の仕組みのなかで給付まで行うため、申請や資力調査の手続きを簡素にできると主張しました。フリードマンは、物価を金融政策で制御するマネタリズムも主張し、『資本主義と自由』『選択の自由』を著しています。

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福祉政策の学説と人物

14 エスピン−アンデルセンは、福祉レジームを自由主義、保守主義、社会民主主義の3つに分類した。

○ 第34回問題24で出題されています。分類にあたっては、脱商品化、脱家族化、社会的階層化という概念を用いました。

15 エスピン−アンデルセンのいう脱商品化とは、労働者が労働能力を失うことをいう。

× 脱商品化は、労働者が自分の労働力を売らなくても生活を維持できる度合いをいいます。年金や失業給付が充実していれば、脱商品化の程度は高くなります。第28回問題22と、第38回「社会学と社会システム」問題16で、この誤りが選択肢に出ています。

16 ロールズが『正義論』で示した格差原理は、社会のなかで最も恵まれない人の利益が最大になるように資源を配分すべきだという考え方である。

○ 第28回問題23と第30回問題22で出題されています。自分がどの立場に生まれるかわからない「無知のヴェール」のもとで人々が選ぶ原理として示しました。

17 センが提唱した潜在能力(ケイパビリティ)とは、個人が生まれ持った遺伝的な素質のことをいう。

× 潜在能力は、所得や財をどれだけ持っているかではなく、それを使って実際にどのような生き方を選べるかを表します。豊かな社会のなかで貧しいことは、潜在能力の障害になるとされます。第29回問題22で、遺伝的素質とする誤りが選択肢に出ています。

18 ケインズは、不況で失業が増えたときには、公共事業によって雇用をつくり出すことを主張した。

○ 第35回問題24で出題されています。政府が支出を増やして需要をつくる考え方で、有効需要の理論と呼ばれます。

19 ハイエクは、政府が経済を計画的に運営することによって個人の自由が守られると主張した。

× ハイエクは反対の立場です。『隷属への道』で、政府が社会を設計しようとすることは個人の自由を失わせると論じ、市場のなかで自然にできあがる秩序を重んじました。フリードマンとともに、新自由主義の考え方のもとになっています。

20 フリードマンは、福祉国家が市場に介入することによって人々の自由が実現されると主張した。

× フリードマンは、政府の介入を小さくして市場に委ねることで自由が実現されると主張しました。第35回問題24で、この誤りが選択肢に出ています。

21 サッチャー政権は、社会民主主義とも新自由主義とも異なる「第三の道」の考え方に立つ政策を進めた。

× 「第三の道」はブレア政権の路線です。サッチャー政権は新自由主義に立ち、国営企業の民営化、規制の緩和、公的支出の抑制を進めました。第34回問題26で、サッチャーを「第三の道」とする誤りが選択肢に出ています。

22 「第三の道」を掲げたのはブレア政権であり、その理論的な支えとなったのはギデンズである。

○ ブレア政権は1997年に成立し、福祉を給付だけで支えるのではなく、就労と教育訓練によって自立を支える方向をとりました。ニューディールがその施策です。

23 ティトマスは、市民権が市民的権利、政治的権利、社会的権利という順に確立されてきたという市民権理論を示した。

× 市民権理論を示したのはマーシャルです。18世紀に市民的権利(公民権)、19世紀に政治的権利(参政権)、20世紀に社会的権利(社会権)が確立したという整理です。第34回問題24で、この誤りが選択肢に出ています。

24 ウィレンスキーは、福祉の給付を「社会福祉」「企業福祉」「財政福祉」に区別した福祉の社会的分業論を示した。

× 福祉の社会的分業論を示したのはティトマスです。ウィレンスキーは、経済成長、高齢化、官僚制が各国の福祉国家化を促すという収斂理論を示しました。第34回問題24で、この誤りが選択肢に出ています。

原理と政策で出題される人名を一覧で確認する記事はこちら

→原理と政策で出題される人名はこちら

センの潜在能力アプローチについての記事はこちら

→人間開発指数(HDI)とは|センの潜在能力アプローチと3つの指標

セツルメントの広がり

25 世界で最初のセツルメントの名称、都市、設立した人物を答えよ。

トインビー・ホール、ロンドン、バーネット夫妻です。大学の関係者が、イースト・エンドと呼ばれる貧しい地域に住み込んで活動しました。早世した経済史家アーノルド・トインビーの名を冠しています。

26 アメリカで最初のセツルメントの名称、都市、設立した人物を答えよ。

ネイバーフッド・ギルド、ニューヨーク、コイトです。のちにユニバーシティ・セツルメントと改称されました。

27 ハル・ハウスの都市と設立した人物を答えよ。

シカゴ、アダムズです。アダムズはスターとともにイギリスでトインビー・ホールを見学し、帰国後にシカゴで設立しました。移民が多く住む地域で、保育、授産、英語の教育などを行い、調査にもとづいて労働条件や住宅の改善を求めました。アダムズは1931年にノーベル平和賞を受賞しています。

28 日本で最初のセツルメントとされる施設の名称、都市、設立した人物を答えよ。

岡山博愛会、岡山、アリス・ペティ・アダムスです。アメリカの宣教師で、キリスト教の伝道とあわせて医療や保育を行いました。日本最初のセツルメントを片山潜のキングスレー館とする見方もあります。

29 片山潜が設立したセツルメントの名称と場所を答えよ。

キングスレー館、東京の神田三崎町です。幼稚園、夜学校、労働者向けの講演などを行いました。石井十次が設立したのは岡山孤児院です。第33回問題94で、この2人を入れ替えた選択肢が出ています。

30 セツルメントは、どの国で始まり、どのように広がったか。トインビー・ホール、ネイバーフッド・ギルド、ハル・ハウス、岡山博愛会、キングスレー館を使って答えよ。

イギリスのトインビー・ホールが最初です。次にアメリカでネイバーフッド・ギルドとハル・ハウスが設立され、その後に日本で岡山博愛会とキングスレー館が設立されました。イギリスからアメリカ、そして日本という順に広がりました。

セツルメントを作った人についての記事はこちら

→セツルメントは誰が作った?|イギリス・アメリカ・日本の流れで5人を整理

国や時代ごとの歴史の記事はこちら

→あらゆる歴史が出題されるので、こちらから読みたい国・時代をお選びください

社会福祉の原理と政策の勉強方法についての記事はこちら

→「社会福祉の原理と政策」の勉強方法・勉強法・攻略法 頻出分野の確認

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