【流れで覚える歴史シリーズ】イギリス②|COS・セツルメント運動から広がる民間の力

社会福祉の原理と政策

語呂合わせで、年表を覚えようとしていませんか? 法律は「いつできたか」ではなく「どのような背景で、どのような内容だったか」を覚えていないと解けません。 時代背景と一緒に、流れで覚えていきましょう。

→①エリザベス救貧法・スピーナムランド制度から新救貧法の記事はこちら
→②イギリスの歴史②COS・セツルメント運動から広がる民間の力(今ここ)
→③ブース・ラウントリーの貧困調査からベヴァリッジ報告への記事はこちら
→④福祉国家の完成からサッチャー・ブレアへの記事はこちら

スポンサーリンク

今回のテーマは「COSとセツルメント運動の広がり」

前回①では、1834年の新救貧法によって、救済が再び厳しい方向へ逆戻りしたところまでを扱いました。

【流れで覚える歴史シリーズ】イギリス①|エリザベス救貧法・スピーナムランド制度から新救貧法へ
エリザベス救貧法スピーナムランド制度から新救貧法の流れを、時代背景と一緒にまるっと理解しましょう。

国家(公的な救貧行政)が救済を絞り込んでいく一方で、この時期のイギリスでは、民間の力による新しい動きが生まれています。それが今回扱う「COS(慈善組織協会)」と「セツルメント運動」です。

スポンサーリンク

①COS・慈善組織協会(1869年)

19世紀後半のイギリスでは、貧困者・浮浪者の増加に対して、民間の慈善団体があちこちで独自に活動していました。しかし団体間の連携がなく、同じ人が複数の団体から重複して救済を受けたり(濫給)、逆にどこからも救済を受けられない人が出たり(漏給)という問題が起きていました。

1869年、ロンドンでこの状況を整理するために設立されたのがCOS(慈善組織協会)です。C.ロックの指導のもと、慈善団体間の連絡調整、救済対象の登録、そして「友愛訪問」と呼ばれる個別訪問による指導・調査を行いました。

「友愛訪問」というと、「まるで友達のように接する、愛にあふれた訪問活動」をイメージしているかもしれません。確かに、一部の貧困者にとってはそういう機能を果たしている側面はあったかもしれません。

ただしCOSには大きな特徴がありました。貧困者を「救済に値する貧民」と「救済に値しない貧民」に選別し、後者は救済の対象から外したのです。貧困の原因は、あくまで個人の道徳の問題として捉えられていました。

救済の対象から外れると、新救貧法の対象となり、劣等処遇当たり前、強制労働当たり前の世界が待っているということです。

ポイントは、COSは慈善を「整理・組織化」した点で画期的だった一方、貧困を個人の問題とみなす姿勢は、新救貧法までの見方と地続きだった、ということですね。

スポンサーリンク

②セツルメント運動とトインビーホール(1884年)

COSと同じ時期、貧困問題への別のアプローチとして広がったのが、セツルメント運動です。

これは、知識人や学生が貧困地域に実際に住み込み、地域住民と生活をともにしながら、教育や交流を通じて地域の改善を図ろうとする運動です。

COSの友愛訪問は、あくまで「外から訪問して調査・指導する」活動でした。一方セツルメント運動は、「同じ場所に住み、生活をともにしながら地域そのものを変えていく」活動です。「外から見て訪問するだけ」と「一緒に生活しながら地域を変える」・・・同じ時期に生まれた2つのアプローチですが、貧困者との距離の取り方は、全然違いますね。

その最初の拠点となったのが、1884年にロンドンのイーストエンドに設立されたトインビーホールです。設立を主導したのはサミュエル・バーネットで、志半ばで病に倒れた経済学者アーノルド・トインビーの遺志を継いで作られたことから、この名がつけられました。

人名シリーズ①セツルメントは誰が作った?トインビーホール・ハルハウス・キングスレー館
セツルメントに関連する人、キーワードを簡潔にまとめてあります。画像もありますからきっと記憶に残りますよ。10分だけ頑張りましょう。

ポイントは、セツルメント運動は「支援する側とされる側」を分けず、同じ場所で共に生活しながら地域を変えていこうとした点が、COSとの大きな違いだということですね。

③アメリカへの広がり(1886年〜1889年)

このセツルメント運動は、まもなくアメリカにも広がっていきます。

1886年、コイトがニューヨークにネイバーフッドギルドを設立。そして1889年には、ジェーン・アダムスとエレン・ゲイツ・スターが、シカゴにハルハウスを設立しました。ハルハウスは当時世界最大級のセツルメントハウスに成長し、アダムスはこの功績により後にノーベル平和賞を受賞しています。

ジェーン・アダムスはイギリス旅行中にトインビーホールを実際に見学し、大きな影響を受けたそうです。

ポイントは、セツルメント運動はイギリス発でありながら、その後アメリカで大きく花開いていった、ということ。

詳細はこちらをご参照ください

人名シリーズ①セツルメントは誰が作った?トインビーホール・ハルハウス・キングスレー館
セツルメントに関連する人、キーワードを簡潔にまとめてあります。画像もありますからきっと記憶に残りますよ。10分だけ頑張りましょう。

すっきり整理表

年代出来事キーワード
1869年COS(慈善組織協会)設立(ロンドン)友愛訪問/救済に値する貧民の選別/C.ロック
1884年トインビーホール設立(ロンドン)セツルメント運動の始まり/サミュエル・バーネット
1886年ネイバーフッドギルド設立(ニューヨーク)コイト
1889年ハルハウス設立(シカゴ)ジェーン・アダムス/エレン・ゲイツ・スター

COS・セツルメント運動、この2つの勉強は複数科目に影響!

COSと、その中心人物メアリー・リッチモンドの流れは、後の「診断主義アプローチ」につながっていきます。「相談援助の理論と方法」を学ぶときに、また同じ名前に出会うことになるはずです。

セツルメント運動も同様です。「社会福祉の原理と政策」の歴史パートだけでなく、「地域福祉と包括的支援体制」や「相談援助」など、複数の科目にまたがって顔を出す超頻出テーマです。

しかも、どちらも「出来事」だけでなく「人名」とセットで問われます。COS=C.ロック・メアリー・リッチモンド、セツルメント=トインビー・バーネット・ジェーン・アダムス・・・年表だけ覚えても、この人名とのひも付けができていないと、選択肢の中で足をすくわれます。最近は、活動内容も問われるようになってきました。

色々な角度から整理しながらインプットして、過去問でアウトプットの仕方を練習してくださいね。


▼他のシリーズはこちら

頻出!流れで覚える年表シリーズ

【流れで覚える歴史シリーズ】イギリス①|エリザベス救貧法・スピーナムランド制度から新救貧法へ
エリザベス救貧法スピーナムランド制度から新救貧法の流れを、時代背景と一緒にまるっと理解しましょう。
【流れで覚える歴史シリーズ】イギリスの歴史③|ブース・ラウントリーの貧困調査からナショナル・ミニマム、ベヴァリッジ報告へ
頻出単語&人名&年表盛りだくさんの回です。関係ある記事も全てリンクをはってありますので、全てすっきり片づけてしまいましょう。
【流れで覚える歴史シリーズ】イギリス④|福祉国家の完成からサッチャー・ブレアへ(完結編)
ベヴァリッジ報告のあと、イギリスはどう福祉国家を完成させ、なぜ見直しを迫られたのか。1945年の福祉国家成立から、サッチャーの新自由主義、ブレアの第三の道まで。エリザベス救貧法から続く400年の流れ、これで完結です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました