アメリカ
1 アメリカの社会保障法は、1930年代のニューディール政策のもとで制定された。
○ 1935年に制定されました。第36回問題23で出題されています。
2 メディケアは、ニューディール政策のもとで導入された。
× メディケアの導入は1965年です。第36回問題23で出題されています。
3 公民権法は、1964年に制定された。
○ 第36回問題23では、公民権法の制定がニューディール政策での取組かどうかが問われています。
4 ADA(障害を持つアメリカ人法)は、1990年に制定された。
○ 第36回問題23で出題されています。
5 TANF(貧困家族一時扶助)は、「就労から福祉へ」の政策転換であった。
× 「福祉から就労へ」の政策転換でした。導入は1996年です。第30回問題27、第36回問題23で出題されています。
イギリス
6 スピーナムランド制度は、パンの価格と家族の人数をもとに、賃金との差額を補助した。
○ 1795年に始まりました。賃金の引き下げ圧力を生み、救貧税の負担も増えました。第38回問題19で出題されています。
7 ワークハウステスト法は、救済を求める貧民を生まれ故郷の教区へ送還する制度である。
× その説明は居住地法(1662年)です。ワークハウステスト法(1722年)は、労役場で労働能力の有無を確かめました。第38回問題19で出題されています。
8 ギルバート法は、労働能力のある貧民を、雇用されるまで自宅で待機させて救済することを認めた。
○ 1782年の制定です。第38回問題19で出題されています。
9 慈善組織協会(COS)は、救済に値する貧民を立法によって救済すべきだと主張した。
× 救済に値する貧民は、民間の慈善で救済すべきだとしました。第28回問題24で出題されています。
10 1908年の老齢年金法は、資力調査なしで貧困高齢者に年金を支給した。
× 資力調査を条件に支給しました。第28回問題24で出題されています。
11 福祉サービスの供給主体の多元化を示したのは、ウルフェンデン報告である。
○ 第32回問題25で出題されています。
12 ベヴァリッジ報告では、保育や介護の社会化が不十分なため、仕事と家庭の両立が困難になるリスクも想定されていた。
× このリスクは想定されていませんでした。疾病、失業、老齢、稼得者の死亡などは想定されていました。第27回問題23で出題されています。
13 エイベル-スミスとタウンゼントは、1960年代に、イギリスの貧困世帯が増加していることを指摘した。
○ 貧困の再発見の契機になりました。第34回問題26で出題されています。
14 タウンゼントは、等価可処分所得の中央値の50%を下回る状態を、相対的剥奪とした。
× 相対的剥奪は、標準的な生活様式から締め出されている状態です。中央値の50%は相対的貧困率の基準です。第34回問題26で出題されています。
15 「大きな社会」は、ブレア政権の理念である。
× キャメロン政権の理念です。第30回問題27で出題されています。
ドイツ・フランス
16 ドイツの公的年金制度は、全国民共通の一元的な所得比例年金の構造である。
× 職域ごとに制度が分かれています。第37回問題36で出題されています。
17 ドイツの社会福祉制度は、公的サービスが民間サービスに優先する補完性の原則に基づいている。
× 補完性の原則は、民間の活動を優先し、公的サービスがそれを補うという考え方です。第33回問題27で出題されています。
18 フランスの医療保険制度では、被用者、自営業者、農業者が同一の制度に加入している。
× 職域ごとに制度が分かれています。第31回問題55で出題されています。
スウェーデン・韓国
19 スウェーデンのエーデル改革(1992年)で、高齢者の介護サービスの実施責任がコミューンに一元化された。
○ 第30回問題27で出題されています。
20 韓国の高齢者の長期療養保障制度は、原則として税方式で運用されている。
× 社会保険方式で運用されています。第33回問題27で出題されています。
公民権法やADAなど、アメリカの社会保障の歴史はこちらの記事で整理しています。
→アメリカの社会保障の歴史|社会保障法・メディケア・メディケイドからオバマケアまで
海外の社会保障の過去問は、こちらの記事で解説しています。
→海外の社会保障の過去問|アメリカ・イギリス・ドイツ・スウェーデンの制度と福祉の歴史
もう一方の一問一答はこちらです。
→海外の社会保障の一問一答 基礎編(20問)|くり返し出題されたアメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・スウェーデンの制度
イギリスとアメリカの福祉の歴史は、こちらの一問一答でも確認できます。
→海外の福祉の歴史の一問一答(50問)|イギリスの救貧法と報告書・アメリカの社会保障


コメント