1973年生まれの私と振り返る社会保障・社会福祉の歴史|福祉元年から2025年年金制度改正まで

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1973年生まれの私と振り返る社会保障・社会福祉の歴史 一言コラム

1973年、福祉元年に生まれました

2026年10月22日のひとことコラムに書いた内容を、1本の記事にまとめ直しました。私の生まれた年は、国家試験によく出題される年です。生まれてから今日までに起きた、国家試験に出題される出来事を、私の年齢と重ねて振り返ります。制度ごとの勉強とは違い、社会保障・社会福祉の流れをまとめて復習するきっかけにしてください。

私が生まれたのは1973年、福祉元年と呼ばれる年です。当時の日本は高度経済成長期に支えられ、1960年代には国民皆保険・皆年金、福祉六法体制と勢いがある時代でした。1970年には、日本の高齢化率がはじめて7%を超え、「高齢化社会」に入りました。翌1971年には児童手当法ができています。

児童手当などの社会手当についての記事はこちら
→児童手当・児童扶養手当・障害児福祉手当等|社会手当の対象者・年齢・所得制限を解説

1973年の年度初めは、高度経済成長が続くものと皆が考えていたでしょう。そのため福祉元年には、①老人医療費の無料化、②高額療養費制度の創設、③年金水準の引き上げと物価スライド制の導入など、思い切った政策が実施されました。

福祉元年と、その後の見直しについての記事はこちら
→社会保障の歴史③福祉元年から見直しの時代へ|老人保健法と基礎年金

私は、まさに第二次ベビーブーム(1971年から1974年)の世代です。子ども(同級生)の数がとても多かったうえに、就職氷河期世代とも重なっていますので、大学受験も就職活動も、限られた枠をみんなで奪い合った世代だと言えます。当時は目の前のことに必死で、そこまで深刻には感じていなかったのですが、歴史を勉強すればするほど、大変な時代だったのだとあとから実感します。国家試験に出てくる単語だらけの生まれ年です(笑)。

第二次ベビーブームの頃の合計特殊出生率と、今の出生数についての記事はこちら
→39回国家試験用 2025年人口動態統計|出生数・合計特殊出生率・死因・婚姻と離婚

子ども時代から学生時代

結局、1973年にはオイルショックが起き、福祉元年に始まった老人医療費の無料化は長く続きませんでした。財源が不足し、1982年に老人保健法が成立して、老人医療費の一部負担が再び導入されました(施行は1983年)。私が9歳の頃です。

その3年後の1985年の年金制度改正で、第3号被保険者制度がつくられました(1986年4月から)。私の母は当時専業主婦でしたので、第3号被保険者になったということです。

老人保健法と基礎年金の導入についての記事はこちら
→社会保障の歴史③福祉元年から見直しの時代へ|老人保健法と基礎年金

私が18歳になった1991年には、学生も国民年金に強制加入となり、私自身も保険料を支払うようになりました。当時の保険料は月1万円程度でした。21歳だった1994年には、高齢化率が14%を超えて「高齢社会」に入っています。7%から14%になるまでわずか24年しかかからず、そのスピードの速さが、ちょうど皆さんと同じくらいの年齢だった私の周りでも話題になっていました。

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大学院の頃

それから年月が流れ、2000年に介護保険法が施行された頃、私は27歳、ちょうど大学院生でした。措置とは何か、契約とは何か、法的な問題点は何か、課題は何かといったことを、この時期に勉強しています。「契約」という考え方が持ち込まれたことにより、成年後見制度、日常生活自立支援事業(2000年当初は福祉サービス利用援助事業)、運営適正化委員会など、様々な制度が導入されました。

運営適正化委員会についての記事はこちら
→運営適正化委員会とは|社会福祉協議会が行う苦情解決とあっせん

日常生活自立支援事業についての記事はこちら
→社協の日常生活自立支援事業とは|対象者と支援内容をわかりやすく整理

介護保険に続いて、2003年には障害者福祉の分野で支援費制度が始まりました。30歳になっていた私は、その問題点について現場の方を含め、いろいろな意見を聞く機会がありました。

支援費制度から障害者自立支援法への流れについての記事はこちら
→障害者福祉の歴史③支援費制度から障害者自立支援法へ|措置から契約へ、三障害の一元化

ちょうどこの頃、福祉サービスの第三者評価の調査員研修も受けています。全国社会福祉協議会で受けたように記憶しています。

福祉サービスの第三者評価についての記事はこちら
→福祉サービスの第三者評価をわかりやすく解説|受審義務あり?社会的養護施設

翌2004年、31歳の頃には、年金制度改正でマクロ経済スライドが導入され、あわせて離婚時の年金分割の制度もできました。できれば年金分割の対象になるようなことは避けたいところですが、もしそうなった場合、私たち夫婦は合意分割の対象です。3号分割のようにはいきませんので、合意または裁判所の手続が必要になります。私は厚生年金の加入期間が短いので、夫と私の合意で、最大で半分までは分割を受けることができます。

年金の歴史についての記事はこちら
→社会保障の歴史⑥|年金の歴史・1941年から2004年まで一気読み

合意分割と3号分割の違いについての記事はこちら
→離婚時の年金分割|合意分割と3号分割の違い・分割されるのは厚生年金だけ・請求期限は5年に

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30代後半から40代

36歳だった2009年には、リーマンショックがありました。当時はまだ投資信託などもしていなかったので実感は薄かったのですが、景気が悪くなっているのは肌で感じました。

そして41歳だった2014年、障害者の権利に関する条約が批准され、同じ年に精神保健福祉法の保護者制度もなくなりました。条約を批准する前には、障害者虐待防止法、障害者総合支援法、障害者差別解消法と、障害者関連の法律がバタバタと整備されています。国内の法律を整えてからでないと、条約を批准できなかったからです。当時、私は2つ目の大学院に通っている最中でしたので、保護者制度廃止のインパクトは相当なものでした。42歳だった2015年には、生活困窮者自立支援法も施行されています。

生活困窮者自立支援法についての記事はこちら
→「生活困窮者自立支援法」を簡単に説明すると?概要を理解して試験に備えましょう

そして53歳の今

2026年10月、私は53歳になりました。遺族厚生年金の男女差をなくす法改正が行われましたが、1973年生まれの私は改正の対象には含まれていません(5年間の有期給付を免れました・・・)。

遺族厚生年金の改正についての記事はこちら
→遺族厚生年金の改正を図で解説|妻と夫の差がなくなり60歳未満は5年の有期給付に

在職老齢年金制度も今年見直されましたが、その対象にもならないでしょう。私はフリーランスとして働いており、厚生年金に加入する働き方をしていないからです(10年後も同じ働き方をしていればということですが)。

在職老齢年金の見直しを含む2025年年金制度改正についての記事はこちら
→2025年年金制度改正|賦課方式・マクロ経済スライド・在職老齢年金の見直し

あと12年で年金がもらえる年齢になりますが、60歳から繰り上げて受け取るか、75歳まで繰り下げるか、これから考えなければなりませんね。

私は年齢を重ねることを不快に感じたことはありません。老化も特に気にしていません。若いころに戻りたいとも全く思っていません(小さいころの可愛い子どもたちにはもう1回会ってみたいですが)。与えられた環境の中で、様々な制限はありましたが、できる範囲で仕事を楽しめるように日々を過ごしてきましたので、今の自分も今の仕事も、おおむね満足しています。私なりによい着地ができていると感じているからこそ、年を重ねることを悲観せずに暮らせているのだと思います。

50代になった今の自分から過去を振り返ると、若いころの決断の一つ一つが「今の自分」につながっていることを身をもって感じます。皆さんにとっても、社会福祉の勉強をはじめる、国家資格を取得する、その後実践を積んでいく、その決断の一つ一つが将来の自分につながり、皆さんの50代が形づくられていきます。皆さんの時代は65歳年金ではなくなっているでしょう。70歳、75歳まで働くことが当たり前になっているかもしれません。だからこそ、働くためのツール(武器)を一つでも多く持って社会に旅立ってほしいです。武器が多いほうが、色々な問題に対処しやすくなりますからね。

国家試験までの残りの時間を大切に過ごしましょう。

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